『うん。でも孝浩くんと付き合ってたから拒絶した。』
『あの、今からキスしていい??』
話の途中なのに・・・。
なにそれ・・。
ちょっと呆れながらも近づいてくる整った顔。
何も言わず少し目を瞑ると唇が触れた。
3秒くらい??
ドキドキしていた。
『あぁーーー!!まじ無理!!咲貴ちゃんまじ付き合おう。俺繋ぎ止めとかないと今すっげー不安かも。』
そう言って繋いでいた手を離してガバッとわたしを抱きしめた。
俊くんのほのかな香りがする。
何の香水だろう?
いい香り。
『俊くん、今わたしまだ100%俊くんのこと好きなわけじゃないよ。』
『いいって。さっきも言ったじゃん。』
なんでそんなに焦ってるんだろう。
別に逃げたりなんてしないのに。
でも寒いし、俊くんの胸は心地よかったからわたしはそのまま抱かれていた。
その後、わたしを抱きしめていた手は離れ、俊くんのポケットに入ったままのわたしの左手を俊くんの右手が掴んだ。
『咲貴ちゃん、俺のこと好きになる可能性ある?バイトない日は毎日遊んで、バイトの日は毎日電話して、バイト終わってちょっとだけ会って。そんなことしたら好きになる??』
バイトは辞めないんだ。
よかった。
それにしても毎日電話もする気なんだ・・。
毎日会いにくる気なんだ・・・。
でもそう言ったときの俊くんの表情はさっきのウサギじゃなく、ペットショップにいる可愛い仔犬のようだった。
『わかんない。なるのかな?』
『なるよ、きっと。』
すごい自信。
自分のことを振り向かせるってこと、この前も言ってたけど自信満々なんだろうな。
『じゃあそうなったら付き合う。それでいい??』
『いやだ。』
きっぱりと子どものように言った。
『じゃあどうするの??』
『今。付き合う。』
『子どもかっ!!』
このツッコミに俊くんは笑ったけど考えは曲げなかった。
『今、付き合う。うんって言って。』
『まだ無理。』
この押し問答を何十回も繰り返した。
最後のほうは笑っていたけど、結局わたしは押しに弱い。
『もう無理。負けた。わかった。付き合うよ。』
笑いながらだけど、とうとう言ってしまった。
『でもね、条件がある。』
喜んでいる俊くんがこの言葉でピタッと止まった。
『無理なこと言わないでよ?』
眉毛をしかめて笑いながら俊くんは言った。
こんなかっこいいのにこんなにもわたしに夢中になってくれたのがわたしは嬉しかった。
孝浩くんもだけど、わたしは本当に幸せなのかも。
わたしは首を傾け、俊くんの肩にポスッと乗せた。
『浮気しちゃダメだからね。』
強い口調で言うと俊くんもそっとわたしの方に首を傾けてきた。
『当たり前じゃん。』
バカにするかのような口調だった。
わたしたちは時間を忘れてひたすら話した。
孝浩くんに話すのか、話さないのか。
家族構成。
好きなテレビ、芸人。
孝浩くんにはまだ話さないという方向で決まったが、わたしは会うことはないと思っていたので、俊くんにそこの判断を任せることにした。
わたしたちの付き合いは順調だった。
俊くんはバイトのない日はいつも学校まで迎えに来てくれて一緒に遊んだ。
バイトの日は終わってから会いに来てくれて、家の外で話した。
でも、まだわたしたちの付き合いはキスまで。
それには理由があった。
付き合って1週間くらいのとき、俊くんと2人でカラオケに行っていたらカラオケの部屋でエッチな雰囲気になった。
カラオケの部屋って結構外から見えたりするし。
嫌だったから胸を押して言っちゃった。
『まだ、したくない。』
冷たく。
『わかった。じゃあクリスマス・・その日俺らの初エッチの日にしない??』
この言葉がキッカケ。
その後、俊くんはキスのときに舌とか絡ませたりしてくるけどそれ以上をすることはなかった。
『あーきちー!!!』
とはよく言ってたけど笑って流しちゃっていた。
クリスマスまではあと2週間ほど。
『バイトが決まらないの・・・』
泣きそうな声でわたしは休み時間に友美に言っていた。
バイトをしなきゃクリスマスの時にプレゼントを買うお金がない・・・。
あげたい物は決まってたけどそれを買うにはどうしても足りない。
『選びすぎだって。求人はそたくさんあるのに何で決まらないわけ~??』
バカにするかのように友美は言い放った。
そう、わたしは前のバイト先が自給も時間帯も選べて楽だったため比べすぎていた。
ファーストフードや、ファミレスは変な客が来るだろうからハナからパス。
そうするとお弁当屋だったりコンビニだったりと高校生のバイト先は限られてしまう。
コンビニだって変な客多いしね。
『いいとこがないのっ!!!』
大声で言っていると近くの席に座っている男、佐々木が声を掛けてきた。
『新垣さん、バイト探してるの??』
佐々木と話すなんて初めてのこと。
この話題によっぽど食いつきたかったんだろう。
『そうなんだけど見つからないの・・。』
困ったように言うと佐々木は目を見開いて
『俺のバイト先、まじ人足りなくって。イタリアンの店のホールなんだけど。カプリってとこ。知ってる?』
佐々木、意外といいところでバイトしてるのね。
カプリという店は街近辺だけどかなり有名な大きなお店。
見るからに高級チックで行った事はなかったりする・・・。
高級なお店だし客層も悪い人はそんなにいなさそう。
『知ってる?って聞かれても・・・。知らない人あんまりいないと思うよ・・。』
友美がボソッと呟くように言った。
『まぁ、有名だよね。』
ちょっと照れながら佐々木が言った。
『佐々木くん、そこわたしに紹介してくれるの??』
『喜んで。人手足りないし、自給は950円で悪くないし。』
その言葉にわたしはすぐ食いついて即答で
『やるっ!!!』
って言った。
早速佐々木は電話をしてくれたらしく、今日に面接をしてくれるということになった。
段取りがよすぎる。
佐々木と一緒に学校を出てカプリへ向かった。
途中に色々と佐々木と話した。
佐々木は顔はまぁ、普通クラスで頭も普通クラス。
すべてにおいて平均的といったらわかりやすいと思う。
でも初めて話したのにすごく話しやすい奴だなと思った。
『新垣さんが来てくれたらだいぶ助かるよ。1人入っただけでだいぶ違うし。実は女の人が次々に辞めちゃったんだ。色々あってね・・・。』
そのとき急に沢村さんを思い出した。
恐いときの沢村さんのような人でもいるのだろうか??
『色々って??』
『お局様。』
ビンゴ。
でもわたしはちょっとやそっとのお局様ではへこたれない自信があるもん。
『こわそうだね・・。頑張らなきゃ・・・。』
『特に美人に厳しいから気をつけてね。』
苦笑いで佐々木が言う。
美人て・・・わたしのことか??
そういうこと言われると気まずいな。
ただでさえ寒いのにお局様の話を聞いて更に寒くなった気がした。
マフラーを強めにまきつけた。
お店に着くと裏口のようなところから入った。
ガチャッ。
裏口から入ってまた更に事務所と書いてあるドアを開けた。
『お疲れ様です。』
佐々木の声で中で机に座っている、なんだか偉そうな年配の女性が振り向いた。
『お疲れ様。彼女がアルバイトの希望されてる方??』
わたしを見ている。
答えるべきか迷っていたら佐々木が
『はい、そうです。』
と笑いながら言った。
その女性はニコッと笑って佐々木とわたしを女性の目の前にある椅子に座るように指示した。
『失礼します。』
そう言ってわたしは腰掛けた。
『あらあら、えらく美人な方だけど佐々木くんの彼女??』
ちょっとだけニヤけながら女性は言った。
やっぱり女性はいくつになってもこの手の話が好きなのだろう。
佐々木もわたしも違います。と即答で答えた。
佐々木が彼氏なんて・・悪いけど考えられない。
『違ったのね。履歴書とかはあるのかしら??』
わたしは昼休みにクラスの誰かのロッカーに入っていた求人情報誌の中にある履歴書を破って書いた履歴書をカバンの中から取り出し、女性に差し出した。
『はい、持って来ています。』
と言いながら。
女性は名前のところから隅々まで目を通している様子だった。
ちょっとだけ緊張して生つばを飲んだ。
『お家、ちょっと遠いようだけど大丈夫??うちは高校生は10時までやってもらってるんだけど・・・。』
きっと知香ちゃんか理沙ちゃん・・・は期待できないけど俊くんか純くんがどうにかしてくれる。
最悪は歩きだ。
そう思って
『大丈夫です。』
と答えた。
前のビデオ屋さんは800円だった。
150円もプラスだし、こっちでぜひ働きたい。
『そう。わたしはこの店のオーナーの山本です。新垣さん、よろしくね。』
そう言ってオーナーは手を出してきた。
それに応じてわたしはオーナーの手を握り握手をした。
たぶん、オーナーか店長かそのへんだろうと予測はしていた。
『よろしくお願いします。』
『よかったね。』
佐々木も横でニコッと笑って言った。
『佐々木くん、ありがとう。』
そう言うとオーナーは
『今日からとか・・無理かしら??少しでも早く入ってもらったら助かるのだけど。』
用事もないし早くお金を稼ぎたいわたしは2つ返事でオッケーを出した。
『新垣さん?覚えが悪いわね。メニューくらい1度みたら覚えれるでしょ?あんたみたいなのを入れたオーナーの気がしれないわ。』
こんな言葉を吐いているのは多分お局様だろう。
年齢は聞いていない。
名前を言った瞬間、挨拶もさせてくれずメニューをズイッとわたしの前に差し出して
『全部覚えといて。』
と言ったこの女は佐々木から聞くところによると村松さん、20歳。
沢村さんより1つ年上だけあって厳しさもまだ上な感じがした。
外見は長い黒髪をピタッと耳下でくびってつり目をした普通体型。
どうみても20歳には見えねーけど・・ってくらいフケている。
ってより外見から厳しそうって雰囲気が漂っていた。
『すみませーん。』
低い声で言うとギロッと村松さんに睨まれた。
こえー・・・。
『村松くん、新垣さんは初日なんだから無理だよ。だいたい君は指導係じゃないだろう。』
そんな村松さんに上から目線で言うこの人はこのお店の正社員、大塚さん。
すごく太っていていかにも食べそうという感じだ。
年齢は28歳で、大塚さんがわたしの指導係。
わたしはこの日、白いシャツ、黒いネクタイ、黒いパンツ、黒のエプロンでホールデビューをした。
といってもお料理を運ぶだけだけど。
お客さんはほとんど紳士な方ばっかりでどこか気品を感じた。
いいな、わたしもいつか来たい。
ホールにというかお店に初めて入ったときの感想はこうだった。
今日は大塚さんが村松さんから遠ざけてくれたお陰でそこまで虐められることはなかった。
これからはありそうだけど頑張ろうっと。
佐々木にそう言うと辞めないでよ。と何度も言われた。
確かに忙しかったが、こういう仕事が初めてだったので楽しさも感じた。