縮まっていく距離の中、娘が一歩、足を踏み出した。
そして袖で隠していた口元をゆっくりと見せる。
そこに見えたのは美しき蝶には決してあるはずのない牙。
先程の怪しい微笑みも、殺気も、気のせいではなかった。
だが、紳三郎はそのことに気付くのが遅かったらしい。
怖ろしさ故に体が強張り、逃げることすら出来ない。
誰がこの娘を蝶などと謳ったのか……。
和の国で美しく舞う蝶に似つかぬその姿は、人を喰らう鬼。
美しき娘に化け、獲物をおびき寄せ喰らう。
「お主の名を聞いておこう」
娘の声に、紳三郎は名を呟いた。
「紳三郎、お主は運が悪かった。だが恨むなら自分を恨むのだな」
再び微笑んだ娘に、紳三郎も笑みを見せた。
きっと死を覚悟した顔であろう。