“みーくん”
呼べば、振り向いてくれて。まっすぐ私をみつめてきて。たまに首をかしげて私が話すのを急かして。
そんなみーくんが、多分、大好きだ。
幼なじみだから、自然と距離が近くなって。
幼なじみだから、他の人よりもたくさん過ごせて。
それなのに、上手く想いを伝えられないのは……“みーくん”には、“先輩”という名前もついているからで。
「先輩」
他人行儀に呼んでみても、返事はしてくれないし。
「先輩」
距離をおくために体に触れずに呼んでみても、振り向いてはくれないし。
こんなんじゃ、私の気持ちに振り向いてくれる日なんてくるわけない。
そう思いつつ、そっと“みーくん”と肩を並べて、一緒に帰る。
気づいて。気づかないで。
願うこの気持ちでさえも、私よりも大人な“先輩”には、バレているんだろうな。
*
私とみーくんの距離の近さは以上だ。
私がスマホをゲットした時、1番に連絡先を交換したのはみーくんだった。お母さん、お父さんよりも、先に。
「莉音」
ギャハハ、と男子のうるさくて、可愛げのない笑い声が響く教室。
透き通るようなその声が聞こえた途端、しんと静まり返り……小鳥のさえずりのような、可愛らしい女子の声に変わる。
「莉音」
もういちど、名前を呼ばれた。
「……先輩」
そう言って、げ、と顔をしかめる。
また女子たちの嫉妬の目が、向けられてる。
「先輩?みーくんじゃないの~?」
ニヤニヤとしながら、一緒にお弁当を食べていたオンナノコらしいオンナノコに言われて……やっぱりブルーになる。
「先輩、だよ」
みーくんとは呼ばないの。そう早口で付け足す。
少し悲しそうに目を細め、それから彼は屈託なく笑った……つもりなのだろう。作り笑顔。貼りつけてる。
「もう子どもじゃないし、常識もあるからね。礼儀正しく!」
うなずきながら言うと、ストレートなミディアムヘアが、勢いにのってふわりと宙に舞った。
なんだか自分のなかでモヤモヤが広がって……耳を、かく。
ほんとは、みーくんって呼びたいのに、そんな気持ちに嘘をついて。
「莉音は、いつも明るいよな。だから、先輩後輩関係なく笑ってるし……いまさらな気もするけど」
先輩がそういうから、あわてて、顔の前で両手を振る。
藤弓中学、2年生。高橋莉音。
大親友の晴田汐莉と、よく、お昼ご飯を食べている。
今日は、汐莉が風邪で休み。そんな日に限って……先輩が、私のクラスに来るなんて。
汐莉がいるときは、まわりの女子たちの怒りから守ってもらっている。ちょっと頼りすぎだよね。汐莉がいいって言ってくれてるから……任せすぎた。
「先輩」
動揺。なんで急に来たの。
「用件は」
「ん?莉音に会いに来た」
……なんだそりゃ。
「先輩、お帰りください」
にっこりと笑って追い返すと、「礼儀は」と小さく言われてしまった。
「そんなの、知らない。べつにいいでしょ!」
よくない、よくない。
みーくんに、嫌な奴って思われたくないのに、こんなこと言っちゃう。
偽りの気持ちを述べたら、ドキドキして、胸がちくりといたんだ。
耳に向かって手が伸びて、そのまま耳をかく。
かり、と音が響き、少し痛みがはしった。
*
「みーくん、おはよう」
「莉音、おはよう」
朝いちばん。みーくんに、会えた。
毎日会えて、毎日喋れて、毎日一緒にいれる。
この、ちょっとした事が嬉しくて……。
先輩ってよばなくていい、今が。すっごく安心する。
昨日、無愛想に接したばかりだったけれど、多分、みーくんなら……先輩後輩関係を意識してしまったとわかってくれてるだろう。
そんな甘えを抱えて、話しかけた。
ずるい幼なじみで。計算している後輩で。ごめんね、みーくん。
私、嫌なやつだよね。
自覚は、している。
だけど、これだけ親しくしているんだ。他の人に、みーくんをとられることがないだろうって、考えていて。そこまで考える、意地の悪い自分が嫌だ。
「莉音は明るくていいなぁ」
笑いながら、くしゃくしゃと髪をなでてくれる。
大きくてゴツゴツした手。ほっとするとともに、こんなにかっこいいから……絶対、同い年の先輩たちが狙っているんだろうなと泣きたくなる。
それに、みーくんが気づいていないだろうから……余計に。
「莉音。あのさ」
みーくんが、少し緊張したような顔で、薄く口を開いた時。
「神山くんっ!」
走ってきて、私とみーくんを引き裂くかのように、みーくんの腕をぎゅっと抱きしめるようなかたちをとったのは……。
1ヶ月のあいだだけで、10回ほど告白されるという、文武両道、そして美少女という先輩。
つやつやの長い髪が、綺麗。私も伸ばしてみたら、みーくんが息をのむような、同い年のような、女の子になれるかな?