私は何も言えないまま、目の前に立っている人をただ見つめた。

しばらく目が合っていたけど、私もその人もお互いに視線を逸らすことをしなかった。

前髪の下からはくりくりとした黒目が見えて、なんだか仔犬みたいだと思った。細身ではあるけど、肩は強張っているし、血管の筋が浮き出た腕や手の甲は女性とは言いがたい。

可愛い顔立ちをしているけど、男性だろう。

「……あの。なにか?」

戸惑いながら小さく声を漏らしていた。

男性がにこりと笑う。
目の尻がくしゃりと優しく下がって、無表情だった彼の顔がやわらかく崩れた。

その瞬間、トクンと、私の鼓動が大きく一回跳ね上がった。

そのまま周りの音が何もかも消えてしまったかのような錯覚にとらわれる。

私は突然現れたその男性に見惚れてしまい、逸る鼓動をおさえるのに必死だった。

すると男性が近づいてきて、すっと右腕を前に伸ばし、私の手元を指さしてきた。

「その本。実は僕が書いたものなんだ」

私の手元を指差しながら彼はそう言って、また微笑んだ。

「僕が書いた本を読んでくれている人が居たから嬉しくて、実はここからずっと君の様子を見ていたんだ」

「え……」