どういう訳か泉くんに誘われて駅近くのカフェに来ていた。

店内はレトロな雰囲気で椅子やテーブルももちろん、間接照明にも拘っている。

客層は高校生よりも大人をターゲットにしている感じだ。


「ここのショコラ美味しいよ」


「うん……」


私はこの有り得ない状況に緊張して、ショコラどころじゃない。好きなスイーツが喉を通らない経験をしたのは初めてだ。


そんな私とは反対に泉くんの方は落ち着いた様子でブラックコーヒーを飲んでいる。


「それで」


「え」


「何で知ってるかと言うと」


「うん」


「写真に写ってたから」


「写真?」


「アルバムに入ってた。俺のおばあちゃんの蜜柑畑で撮った写真。でも名前は思い出せなくて親にあの頃よく遊んでた子の名前なんだったか聞いたらさ」


「まひる?」


「そう、まひるちゃんだって。それでクラスに同じ名前の子がいたなってピンと来た」


「そう言われたら、蜜柑畑で遊んでた記憶あるけど、でも私があの頃よく遊んでた子は女の子だったような」


「ああ、俺よく間違えられてたもん。女の子に」


「じゃあやっぱり……!」


愛媛に居た頃の断片的な記憶。

私は隣の家のおばあちゃんが経営する蜜柑畑でよく睫毛の長い子と駆けっこやおままごとをして遊んでいた。

可愛らしい顔をしていたから女の子だと決めつけてたけど、あれは泉くんだったのか。


「あの頃はさ」


コーヒーをぐるぐるかき混ぜながら泉くんが言った。


「楽しかったよね。何も考えなくて良くて、ただ遊びに夢中で」


いつも学校では明るい声しか聞いたことなかったのに、意外にも暗い声音で泉くんが言うから私は黙ってしまった。


「だ、だね!」


気の利いた事は言えなかった。不甲斐ない。


「ほんと、良かったよ」


泉くんの方をちらっと見ると、まだコーヒーをぐるぐる回して、その終わりのない黒い渦に今にも吸い込まれそうな顔をしていた。


何か悩みがあるなら話して欲しいけど、聞いていいのかな……。


それから愛媛に居た頃の思い出話になって、悩みが何であるか聞きそびれてしまった。


「そろそろ帰ろっか」


「あ、うん」


泉くんが先に席を立ってレジの方へすたすた歩いて行った。


私は泉くんが半分残したコーヒーの上に蓋をするようにお皿をそっと乗せた。