「川野くんとのいい思い出っていうのは、やっぱりないんだね……?」
わたしが何気なく聞いたけれど、桜花ちゃんはすぐに首を振ったり返事することはなく、少しだけ間を開けた。
「あるか全くないか、このどっちかで答えるとしたら……ある」
桜花ちゃんの答えを聞いて、わたしは大きく目を見開いた。川野くんと付き合っていて辛かったにしても、全部が全部嫌な思い出ということではなかったのか。
「でもそれは、わたしがまだデートに遅刻したことない時だったの」
その言葉を聞いて、わたしはまたしゅんとなってしまった。そういえば、桜花ちゃんはちょっとデートに遅れたくらいでも川野くんに平手打ちされたみたいだからね。
「2人で映画見に行ったりするっていうのもよくあったんだけど、始めて遅刻してから、わたしにとって楽しいことはなくなった」
悲しそうに目を伏せながら言う、桜花ちゃん。
「楽しかった時は、そこまで川野くんのことは嫌いじゃなかった?」
「うん、まあね。すごく好きってほどでもなかったけど、付き合ったのは間違いじゃなかったとは思ってた」
付き合ったのは間違いじゃなかった。
つまり桜花ちゃんは、川野くんに騙されていた、ということにもなっていたのかな。