『え? 誰から…だって?』

その…、聞き覚えのある声に…、一瞬にして身構えた…


白い建物…の、白い内装…角を曲がった廊下の向こうに、その声の主がいる…

そ…っと、その声の方を身を隠しながら…そっと、覗き込む…【やっぱり、彼だ…】と、瞬時にして、胸の高鳴りが抑えられない…



紺色のブレザーに、細かいチェック柄の…制服を身につけた長身の青年たち…


『だから、隣りのクラスの松永 実咲。琢磨、知らない?』

そのもう1人の青年の言葉に、その《琢磨》と呼ばれた青年は、微かに驚きの表情をして見せながら…

『ん? 誰?』

『はあ? 去年、同じクラスだったじゃん? 眼鏡掛けてて、ちょっと地味だけど…
割と可愛いかな?と、思うけど。』

その言葉に、何かを思い出したのか…【あ~】と、呟きながら…

『あー、あの貧乳の?』

『…ひ…、貧乳って…。』

琢磨のその言葉に、その青年は頬を引き攣らせる…

『アイツさ、地味だし。貧乳な女ってないな! 松永のトレードマークって、眼鏡とソバカスと貧乳じゃん!
話したこと、ないし…』


その、耳に届いた言葉…

一瞬にして、両の瞳に涙の粒が浮かぶ…、きゅ…っと唇を噛み締め…

さっと、踵を返し…、走り去って行く…


『……っ』
《酷い…っ!

あんな言い方しなくても…っ!》


先ほどの言葉を、思い出し…。。悔しさで涙が頬をつたい落ちる…

その涙を拭いながら…

『……』
《人の外見で、判断するなんて…

なんで、あんな人、好きになったの…?


もぅ…、あんな人、好きになったりしない…っ!


絶対に、見返してやる…っ!》




✼••┈┈┈┈••✼••┈┈┈┈••✼




「…っん…」

スマホの目覚ましをセットしていた…その時間を告げる音が、部屋に鳴り響き…瞼をゆっくりと開けた…

すぐ近くにある温もり…に、昨夜のことが夢ではないことを証明してくれている…

目覚ましを止め、半身を起こそう…とした時。。その身体を抱きすくめられた…

腰周りや、胸元を抱き寄せる…大きな手…

「ちょ…っ! そろそろ起きないと…」

その手から、逃れようにも…適うはずがない…。。すっぽり…と、身体も心も捕らわれてしまったかのように…

「もぅ少し…、ここにいろ…」

耳元に聞こえた声に…、きゅぅ…っと、胸が締め付けられる…

「……っ」
《この声、好きだな…っ

私、彼の何が好き…って…

この声が1番、好き…だった…。。


て、違う…っ!

好き…だった…。。

過去形!だから…っ!》

その、自分の言葉に、実咲はすぐ様、その身体から逃れるように、はね起きる…


その実咲の反応に、琢磨は、重苦しくその瞼を開け…

「まだ、早くない?」


その優しく笑う瞳に…、実咲は何も言い返せない…

実咲は、その身体を再び…琢磨の腕に引き寄せられ…抱きしめられた…


「……っ」
《あたしは…、どうしたら…いいの…?


彼のこと、ホントに好きになってしまったら…


この腕に…
ずっと…、抱きしめていてもらいたい…と、思ってしまう…


それは、いけないこと…?

【契約】だから…、

昨夜のことも…、私たちにとっては、【契約】のなかのことに過ぎない。。

彼に、恋人や…好きな人が出来たら。。
この【契約】も終わり…


彼にとっては、ただの気まぐれ…に過ぎないこと…

それだけなのに…っ


それだけなのに…っ!》



「お前の身体…、気持ちいい…」

そぅ…、耳元で聞こえた声…

彼は、【自分のことを、覚えてはいない…】ということに、最初はモヤモヤとした気持ちがあった実咲だったが。。

いまは、【逆に、これで良かった】…と、思い始めていた…


彼は、自分の【秘密】…を、知らないままでいてくれた方が…、その方がいい…と、思えたからだ。。


どのみち…、すぐに、この関係も終わる。。


「……っ」
《そう言えば。。

昨夜…、成宮くんは何を言いかけたんだろ…?


‘ 手紙’…って。。

‘ 行き違い’…って、一体、なんの…?》


実咲は、琢磨の腕に後ろから抱きすくめられながら…、昨夜の悠の言葉を頭の中で反芻させる…