「ここでオレ、ちゃんと宿題するから、ちゃんと仲直りしてくれよお」


そう言うと康晴は、ボロボロのノートを広げてヨレヨレの文字を書き始めるのである。

一生懸命に、丹念に文字をなぞるのである。

冷ややかな対立を続ける夫婦の間に、康晴の鉛筆が紙を擦り付ける乾いた音だけがして、それで妙な緊張感は余計に高まってしまう。

が、その時、ブフッ! と、康晴の尻が異音を鳴らした。


「あはは、かあちゃん屁が出たよお! ほらほら父ちゃんオレきばって屁こいたから、ちびっと実が出ちゃったってばよお!」


そのあとは――ハラが減ったよお! なんか食いたいよお!

冷蔵庫で見つけた食べかけの板チョコレートを、ぺきっ。三つに割って、その欠片をまずは父親に、そして母親にも差し出す。


「内緒だよ、父ちゃんのより、コレちょっと大きいからよお」

てれっと目じりを下げたいつもの笑顔でそんなコトを囁いた。


小テーブルに戻った康晴は、今度は父親に話しかける。


「父ちゃんこれ読めないよお、なんて読むんだよお? 教えてくれよお」


そのノートをちらりと覗き見た父親は「お前のこったい!」それだけ言い残して一人で散歩に出掛けてしまう。

首を傾げる一人息子に歩み寄った母親はその漢字の隣に読み仮名を付けた。


「まったく、バカだねお前は、十才にもなってこんな漢字も読めないのかねまったく」


「れんけつき?」


「そう、連結器だよ」


 今日、梅雨は明けた。


 (第一章『子は鎹にあらず』) 了。