彼女は、相当に酔っていた。

言葉に行き詰まる度、もう別れましょう。と投げやりに、自分に言い聞かせるように口走る。
 
――これで、何度目の別れ話だろうか? 


などと僕は考えている。


「ねえ、黙ってないでなんか言いなさいよ!」


僕に対する彼女の叱責、すすり泣き、そして時折なじるような言葉がまだ止まない。
 
それでもマスターは平気な顔して黙々とグラスを磨き続けている。


パンッ! 
 

今度は左の頬を叩いた彼女は「恋なんてお互いを傷付け合う、所詮ゲーム」だと言った。


「じゃあ君の気が済むまで、最後まで僕は付き合うから、今夜は好きにすればいい」


僕は言って、横から奪い取った彼女のグラスを一気に飲み干す。


向き合ったまま沈黙してしまう僕ら二人の呼吸が馴れ合うのを待って、マスターはオリジナルのカクテルを作り始める。

ダウンライトの光に煌くシェイカーの音がジャズに溶け合い、彼女もようやく冷静になってくれたようであった。

先に彼女に、少しあとから僕に、マスターはグラスを差し出して言う。


「彼女には、うるわしき情熱のビーナス、そしてお前にはマハトマ・ガンディー。お前らはそろそろ、永遠の愛について真剣に語り合う時期だと、オレはそう思うぞ――」


その口元をニヒルに歪めながら煙草に火を点けた。