まるでスコールのような激しい雨が、深夜の繁華街に煙る埃をすべて洗い流した。

古びた雑居ビルの地階にあるBAR「lover’s」のドアノブに手を掛けたとき、僕は既にびしょ濡れだった。

押し開けたドアの僅かな隙間から体を滑り込ませ、着ていたコットンシャツを叩いたが、胸から脇の辺りまでもう水が滴るほどに濡れていた。

この時間、普段ならボサノヴァが定番であるはずの店内に、今夜はスタンダードなジャズが静かに流れていた。

明らかに、いつもと違う空気を感じる。


「相変わらず、女を待たせる奴だなお前は。ほら――」


そう言ってマスターは、カウンターの中からこちらに向かってタオルを投げた。


「ども。サンキュ」ずぶ濡れた髪の毛を拭いながら店内の様子を窺う。


壁際の四人掛けボックス席に今夜は誰も無く、カウンターの隅に女が一人、淋しげにグラスを傾けているだけ。


――またか……。


マスターにしても、それから僕とは目を合わせようとしなかった。


「お前の彼女、今夜は本気らしいぞ」


いつもどこか上の空で、他人の顔して今マスターが僕に言いたかった本音は


――俺の店で厄介ごとはゴメン被るぞ。


との意味であることはスグに察しがつく。

だから僕は小さく頷く。
 
歩み寄り彼女の隣に腰掛けた僕はその背中にそっと手をまわそうとしたが、パンッ! と、いきなり弾かれた音で耳鳴りがしてそのあと、右の頬に軽い痺れを感じた。