聞き慣れた声がした。
 そちらへ振り返ると、バイト仲間の山谷健司がそばまで来ていた。


「あ、山谷くんも来てたんだ」

「俺は毎年来てますよ。晩飯を食いながら歩くのは、一人でも結構楽しいんですよ?」


 相変わらずニコニコと明るい笑顔だ。


「今日は浴衣なんですね。うんうん、似合ってますよ~」


 雨がさっきよりも弱まってきただろうか。それでもまだ、大粒の雨は地面を叩き続けている。


「水沢さんも一人ですか? 白川さんと一緒じゃないんですね」

「あ、うん、今日は愛実とじゃないんだ」

「そうなんですね。あ、焼きそばいります?」


 そう言って、彼は雷鳴などは物ともせずに、鞄の中を探り始めた。
 え、今? ここで?


「ああ、いいよいいよ。山谷くんが食べて」

「そうですか? 旨いのに~」


 そう言うと、彼は鞄を探るのをやめて手を出す。ほんのりとソースと海苔の香りが、こちらまで漂ってきた。


「山谷くんって、よく食べるのに細いよね」

「走るの好きですからね。自転車にはあまり乗らないです」


 少しずつ雷鳴の回数が減っていく。
 雨も先程よりも更に弱まっていた。
 通り雨は回復が早い。


「あ、水沢さんの髪に、小さい虫が留まってますよ。取りますね? 動かないで下さい」


 山谷くんの手が、顔と共に私の右耳の後ろへ近付く。


「螢ちゃん……?」


 あ――


 その声に鼓動が大きく反応した。
 私は視線を正面へ向ける。
 山谷くんもそちらを振り向いた。


「わお! イっケメーン! 水沢さんの知り合いですか?」


 居た――。


「佳くん」


 笑おうと頭が思うよりも早く、私はすでに満面の笑みを浮かべていた。
 佳くんは少しだけ息が上がっている。
 走ってきたのだろうか。


「あ、俺、邪魔っぽいですよね。あ、水沢さんの髪に小さい虫が留まってるんで、イケメンさんお願いします。じゃあ、またバイトで!」


 そう言って、彼は変わらず明るい笑顔で、いつものように去っていった。


「バイト? バイトの人?」

「そう、バイトの子。たまたま会ったから立ち話してたの」


 私は佳くんに虫を見せるようにしながらそう返した。


「はい、もう大丈夫だよ」

「ありがとう。あと、遅刻してごめんなさい。俊太の所へ寄ってから向かったら、思いのほか時間がかかっちゃって。スマホは家に忘れてきちゃうし……」

「そうだったんだね。僕も、待ち合わせ場所から離れてごめんね。祖母から電話があって、静かな場所を探して歩き出してしまったんだ。すぐに戻ろうとしたのだけれど、雨が降ってきてしまって、大勢の人の流れに逆らえなかったんだ」

「そっか。でも、逢えてよかった」

「そうだね」


 気が付くと、雨はもうほとんどやんでいる。周りの人たちも、少しずつこの場から離れていった。


「少し人気のない所へ行こう。ゆっくり話したいんだ」

「私も、話したい」