自分の気持ちは、もう分かっているのだけれど。
 でも、それでもすぐに伝えられないのは……。


「長く居すぎた……?」


 俊太は昔から当たり前のように近くに居た存在だ。
 彼は友達とは違うし、家族とも違う。
 そして、恋人とも違う。

 それは特別な存在で、私は俊太が居なくなってしまったら寂しいと思うけれど、その気持ちは恋ではない。
 それでも大切な存在だから、彼を傷付けたくないと思ってしまうのだ。

 好意を寄せてくれているのならば、尚更。


「でも、私は、佳くんが……」


 顔を思い出すだけで胸が苦しい。

 その日に交わした言葉や表情、仕種を何度も思い出す。
 それだけで胸が熱くなって、溢れ出ようとする気持ちのやり場に困ってしまう。

 俊太は選べと言った。

 私は、今までにない程に悩んで悩んで、答えを出した。




◇◆◇




「行ってきます」


 玄関を出る。

 東の空は、もう瑠璃色になっていた。
 今は、夕方から夜へと変わっていく時間帯だ。

 歩き慣れた道をゆっくりと歩いていく。
 答えは出た。
 あとは伝えるだけだ。

 でも、片方にだけではなく、二人に伝える。


 まずは――。


「何だよ、その格好で俺の所に来たのか?」

「俊太にちゃんと伝えたくて」

「そうか」

「……」

「……。お客が居ないうちに言えよ」


 俊太は普段と変わらない調子で言った。


「俊太、私は、俊太を大切だと思ってるよ。昔からずっと一緒に居たから、他の同級生とは少し違った特別な存在だと思ってる」


 俊太は何も言わずに、私の話を聞いてくれている。


「好きだけど、でも、恋じゃないんだ」

「……」

「でも、居なくなったら寂しいと思うくらいに凄く大切な存在で、傷付けたくなくて、どうしていいか分からないよ」


 ほんの少しの沈黙の後、俊太は口を開いた。


「どちらか選べって言って悪かった。でも、お前の気持ちが分かってすっきりした」


 俊太を見上げると、彼は微笑んでいた。


「俺は大丈夫だ。お前も、大丈夫だよ」

「私も……?」


 俊太の手が、私の髪に触れる。


「寂しいと思うのは、最初のうちだけだ。慣れてしまえば、そういう寂しさは忘れる。人間っていうのは、そういう生き物だろ」

「……うん、でも、……なんか、嫌だね、そういうの」

「……そうだな」


 俊太の手が私から離れた。


「もう行けよ。遅れるぞ。浴衣じゃ速く歩けないだろ」

「うん。……じゃあ……」


 私はゆっくりと俊太に背中を向けて歩き始めた。

 俊太は、もう何も言わなかった。