「最初はみんな分からないものさ。ほら、僕がここから言うから、あ、螢ちゃんって呼んでいい? 螢ちゃんには主人公役をお願いするね? えっと、このシーンは、仲の良いルームメイトとのシーンなんだ。いくよ?」


 そう言うと、袖を少したくし上げる。

 次の瞬間、彼の纏う空気が一瞬にして変わった。さっき初めて会ったときの、あの表情になる。



『あ、お帰り。遅かったね。そんな顔して、何かあった?』



 凄い――。
 どうしてこんなに自然に聞こえるんだろう。


 台詞が〝台詞に聞こえない。〟


 それは、本当に会話をしているように聞こえた。

 躊躇いつつ、私も思いきって台詞を読み上げた。



『何かあった? じゃないだろ』



 おかしい。
 自分で棒読みだと分かる。しかも少し緊張していたのか、声も情けなく震えていた。

 急激に顔が熱くなってきて、私は脚本で顔を隠したい衝動に駆られた。穴があったら入りたいと、本当に心の底から思った。でも、それでも――


 ――楽しい。



『あ、ひょっとして、先生に捕まった? ごめん! 今度なにか奢るからさ』

『言ったな? じゃあ、学食の日替わり定食三日分で』

『え!? 三日分!? ……う、うーん。分かったよ……』

『よし! じゃ、そういう事でよろしく。さーて、俺は風呂にでも入ってくるかなぁ』

『どうぞ、いってらっしゃいませ……。三日分かぁ……』



 星原くんが心から楽しんで演じているのが分かる。
 動きからも表情からも、演じる事がとても好きなのだと、心の奥底から訴えているように感じた。

 彼のその思いが、こちらに強く強く押し寄せて、そのまま私の心を連れ去ってしまいそうだった。

 楽しい。楽しい。どうしよう。

 凄く、楽しい――。