「ありがとう」

「ううん、気にしないで。はい」


 佳くんから日傘を受け取ると、指先がほんの少しだけ触れ合った。


 瞬間、頭の中で先日の出来事がフラッシュバックする。


 ばらばらと落ちた飴に向かって伸ばされた手、意外にも大きかった手の感触、そして、真っ赤になった佳くんの顔――。


 ちらりと彼を見ると、当の本人は軽い足取りで入り口の方へ歩いていく。
 気にしているのは私だけなのかも。忘れよう。

 私が頭を軽く左右に振ると、佳くんが何かを持ってこちらへ戻ってきた。


「これ、昨日ホームセンターで買ってきたんだよね」


 佳くんの手の中にはホースが握られていた。


「打ち水しない?」

「こんな真っ昼間に? すぐに乾いて無意味かもよ?」


 佳くんはホースを蛇口に取り付けると、思い切り蛇口をひねった。
 ホースの先から勢いよく水が噴き出す。


「すぐに乾くなら、いいよね♪」


 そう言うと、佳くんはホースの先を狭めて、所構わず振りながら歩き出した。


「わ! 冷たい!」


 私の足元にも水が飛んでくる。


「向こうじゃなかなか出来ないからね! どんどんいくよ~」


 待って、打ち水って違う! そうじゃない!

 佳くんが楽しそうにホースを振り回した。
 指の加減で自分にも水が掛かり、うわっ! と声があがる。


「うわ! ちょっと、佳くん、やめてよ」


 思いきり水が飛んできて、私の洋服も濡れてしまう。


「おい、お前ら何やってんだ? おおっ!?」


 様子を見に来た俊太に向かって佳くんが水を掛けた。
 これは距離が近かったのでは?


「ホ~シ~ケ~イ~」


 案の定、俊太の服はかなり濡れてしまったようだった。


「貸せコラ」


 リーチの長い俊太の腕が、佳くんのホースを素早く奪う。


「うわ! 逃げろ~」

「覚悟しろよ?」


 俊太がホースを佳くんへ向けた。

 楽しそうに逃げる佳くんの身のこなしは見事だ。
 機敏にあちこち走り回る。


「クソ、ちょこまか動きやがって!」


 俊太が勢いよくホースを振る。
 そのとばっちりを受けて、私まで濡れてしまった。


「ちょっと俊太、私も!」


 何だか楽しくなってきて、私も俊太の手に掴みかかった。


「お、お前、やめろ! 手、掴むな!」

「俊太って、分かりやすい時あるよね~」


 佳くんが俊太を見てぼそりと呟いた。


「え? 佳くん何?」

「何でもないよ。さあ螢ちゃん、僕と一緒に俊太を攻撃ね!」

「おい、何でそうなんだよ」


 こうして、私たちの水かけ合戦が幕を開けたのだった。