「あちーなぁ……」


 八月ももう中旬に入る。

 佳くんと高校演劇を観に行ってから二週間ほどが経った。
 お盆が明けて久し振りに顔を合わせたけれど、佳くんの態度はいつもと変わらなかったので、私はほっとしていた。


「エアコン効いてるー? フィルターの掃除したのいつだっけー……」


 暑さで無意味に語尾が伸びる。
 三人でテーブルにもたれ掛かるように座っていたけれど、佳くんが立ち上がって、元気よく口を開いた。


「じゃあ、掃除しようか! ついでに部屋も全部」

「ホシケイってほんと、体力あるよなぁ。夏バテとかしたことあるか?」


 どうかな? と返しながら入り口の方へ行くと、彼はドアを全開にして固定した。
 ムワっとした空気が容赦なく入り込む。


「うーん。じゃ、思い切って掃除しちゃうか」


 私もゆっくりと立ち上がって箒を取りに向かう。


「俊太は背が高いんだから、エアコン担当ね」


 そう言いながら、佳くんは窓を開けていった。


「了解……」


 俊太は怠そうに言うと、脚立を持ってエアコンへと向かった。

 はたきをかける佳くんの後を、私が箒で掃いていく。
 十畳ほどのプレハブ小屋なので、掃除はすぐに終わってしまった。


「おい、ちょっといいか?」


 俊太が脚立に上ったまま、フィルターを持ってこちらを振り返っていた。


「こっちの掃除よろしく。俺は本体な」

「はいはい、了解~」


 私はフィルターを受け取って、外にある水道へ向かった。

 今日もいい天気だ。
 真っ青な空に真っ白な雲が浮かんでいる。
 すくすくと育っている田んぼの稲穂も、さらさらと緩やかに揺れていた。

 日傘を首に挟みながらフィルターを洗い始めたけれど、傘の重みに耐えきれず、どさりと地面に落としてしまう。

 背中や首に強烈な日射しが当たり、ジリジリと肌に痛みを感じた。


「持ってるよ」


 突然、辺りが陰る。
 振り向き見上げると、佳くんが日傘を差してくれていた。


「ありがとう。すぐに洗っちゃうね」

「急がなくていいよ」


 そう言うと、佳くんが私のすぐ後ろでしゃがんだ。
 距離がぐっと近くなって、何だか落ち着かなくなる。

 私はフィルターを手早く洗った。
 プレハブ小屋からは、俊太がエアコンの本体掃除に使っているのか、掃除機の騒音が聞こえてきた。

 洗ったフィルターを壁に立てかける。
 首を伝う汗を、ポケットから取り出したハンカチで拭った。


「あっつ……」


 今日は本当に、声に出さずにはいられない暑さだ。
 私はハンカチをしまうと、日傘に手を伸ばした。