またある日。
 大学が休校だった為に、僕は思い切ってその家を尋ねてみることにした。
 前回確認した折、表札には”木村”とあった。
 母の旧姓だ。

 いざ家の前まで来ると、足が竦んで、やっぱり今日はやめておこうか、なんて思い始めてしまった。
 しかし運命とは残酷なもので、背を向けた僕の後ろからは、扉の開く音が響く。
 そこから顔を出すのは、母だ。

 僕と目が合うなり、再び向けられる睨み。
 しかし、開口一番放たれた言葉は、

「あなた――もしかして…?」

 鋭い目つきのまま、耳を打ったのは存外と優しい声音。
 反応も出来ぬままに手が空を切る。

「――いいわ。丁度あの子もいないし、入って頂戴」

 踵を返し、僕の反応も待たずに家の中へと戻っていく母。
 何か、僕のことは把握されているらしい雰囲気だが――さて。

 お邪魔します、と心の中で一言。
 踏み入った玄関には、母の履物と姉と思しき若々しいデザインのサンダル二つ。
 手招かれるままに靴を脱ぎ、廊下を抜け、リビングへ。