「面会を……えっと、山本拓也さん」

「はい、山本拓也さんですね。三〇五号室になります。左手に進んでいただきまして――」

 初めて会う知らない受付の案内を聞き流し、私はそのまま病室へと向かった。
 左手奥の一つ手前。既に歩きなれた場所だ。

 一歩。二歩。三歩。
 母の支えを頼りにしながら歩く。

 彼にはやく会いたい。反応してくれなくとも、その手を握って、そこにまだ居るんだとしって安心したい。 
 そうはやる気持ちとは裏腹に、私の歩みは遅い。
 母の支えがないと、立っても居られない弱虫なのだ。

 思えば、それに付き合ってくれる母も母だった。
 改めて、お礼を言わないといけない――けれど。

 今は、今だけは、彼のことだけ考えていたい。
 でないと、すぐに足がもつれて倒れてしまいそうだから。
 せめて、病室に辿り着くまでは。

「はぁ…はぁ…」

 息も切れ切れ。
 病室扉の手すりに触れた瞬間、私は言いようのない感覚を覚えた。
 そのすぐ右側――壁につけられたベッドの上に、彼は寝ている。

 ピ。ピ。ピ。

 規則正しい音は、彼がまだ十分に息をしている証拠。
 起きているのか、まだ寝ているのか。彼は声を持たないから分からない。
 
 母に誘導してもらって、私はベッドの傍らにある丸椅子へと腰かけた。
 手を伸ばし、柵に触れながら、ゆっくりと布団の中へ。

「拓也さん…」

 触れた手には、何本もの管が絡みついている。
 機械に点滴といったところだろうか。
 
 冷たい。
 どんな状態なのだろう。
 彼は、目を開けているのだろうか。ちゃんと、私の顔を見てくれているのだろうか。