数日後、私には退院の許可が下りた。
 彼は依然として、処置に検査と回されているらしい。

 食事は喉を通らず、虚しいだけの時間が過ぎていく。
 あの優しい手に触れられない寂しさが日に日に増すばかり。
 いつになったら。明日には。明後日には。
 彼の回復を心待ちにしながら、私は通院ついでに彼の病室へと通ったけれど、そう願う次の日が来る度に彼の状態が一切変わらない現実を思い知らされて――通院の必要がなくなると、私はついに病室へは通わなくなった。

 代わりと言っては言葉が悪いけれど、以前のような生活に戻った。
 母が私の身の回りの世話をする、母曰く”当然”の日々。
 今度また何かが起こらないようにと、外出は極力控えるよう言いつけられたけれど。

「前みたいに、何かが失われなくて良かった――もう怖い思いはさせない。私がずっと傍にいるから」

 と、母は言う。

 母がそれを口にする度、私は彼の名前を出す。
 彼が護ってくれたから、私は何も失わなくて済んだんだよ、と。
 すると、今までは自然”他人”に対する接し方をしていた母だったけれど、それを境に、泣きながら「そうね」と呟くようになった。
 目が見える母なら、彼の状態を知っているのだろうから。

「彼のお見舞いに行きたい。お願い、お母さん…!」

 我儘はあまり言わない、といつだったか誓った私だったけれど、その時ばかりは声を荒げて頼んだ。
 何を置いても、やっぱり私は彼のことを知っておかなければならないのだ。
 私の、失われていたであろう諸機能――言ってみれば命そのものを救ってくれた彼を放って、また母に護られながら生きるのなんて、私でも母でもなく、彼に悪い。

「――これから、行きましょうか」

 母は私の意を汲んでくれた。
 言った通りにすぐ支度をして、車に乗り込んで、目指すのは私が入院していた――彼がまだ入院している病院だ。