肌寒くなってきた。
ふと聞こえた予報によれば、今日は一日中雨らしい。
そんな日に聴こえてくるのは、彼女の演奏するショパンの“雨だれ”だ。
流れていくのは、ちょっと不思議な、言いようのない不安感を孕みつつも、どこか心にすっと溶けていく優しい旋律。
曲自体も勿論そうなのだが、彼女のタッチが、一層それを際立たせているのだ。
細く開いた視線の先には、いつも通りの笑みを浮かべ、音の粒をゆっくりと並べていく彼女の姿がある。
薄暗い部屋の中でランプだけ点けて、大人しく、淑やかに。
見飽きるくらい見ているのに、いつも新鮮なその姿が、僕は楽しみで仕方がなかった。
「おはよう、小百合さん」
「おはようございます」
演奏は止まらない。
僕の挨拶に応えつつも、彼女はその指を鍵盤の上に置いたままだ。
これも、いつものことだ。
ゆっくりと起き上がって、僕は彼女の斜め後ろに椅子を構えて座った。
気にはなっていることだろうが、彼女は自分から「何でしょう?」とは言わない。
そうしてしばらくそのままでいると、やがて音の調子がほんの少しだけ変わってきた。窺った表情も、少しだけ落ち着かない様子だ。
この変化が少し可笑しくて、今までにも何度かおふざけでやったことがある。
その度、仄かに顔を赤くしながら眉を寄せていた。
真横から眺めている分にはそんなことないのに、姿の見えない後ろに回り込んだ瞬間、いつもこうなるんだ。
ふと聞こえた予報によれば、今日は一日中雨らしい。
そんな日に聴こえてくるのは、彼女の演奏するショパンの“雨だれ”だ。
流れていくのは、ちょっと不思議な、言いようのない不安感を孕みつつも、どこか心にすっと溶けていく優しい旋律。
曲自体も勿論そうなのだが、彼女のタッチが、一層それを際立たせているのだ。
細く開いた視線の先には、いつも通りの笑みを浮かべ、音の粒をゆっくりと並べていく彼女の姿がある。
薄暗い部屋の中でランプだけ点けて、大人しく、淑やかに。
見飽きるくらい見ているのに、いつも新鮮なその姿が、僕は楽しみで仕方がなかった。
「おはよう、小百合さん」
「おはようございます」
演奏は止まらない。
僕の挨拶に応えつつも、彼女はその指を鍵盤の上に置いたままだ。
これも、いつものことだ。
ゆっくりと起き上がって、僕は彼女の斜め後ろに椅子を構えて座った。
気にはなっていることだろうが、彼女は自分から「何でしょう?」とは言わない。
そうしてしばらくそのままでいると、やがて音の調子がほんの少しだけ変わってきた。窺った表情も、少しだけ落ち着かない様子だ。
この変化が少し可笑しくて、今までにも何度かおふざけでやったことがある。
その度、仄かに顔を赤くしながら眉を寄せていた。
真横から眺めている分にはそんなことないのに、姿の見えない後ろに回り込んだ瞬間、いつもこうなるんだ。