そうして帰って来たわけだけれど。
 今日もまた、一段と変わったメロディーが耳に届く。
 よくよく知る、テレビでも聴いたことのある曲だ。

「”愛の喜び”だね。随分とゆっくりだけど」

「ええ、まぁ。私には、もうこれが精一杯なのですよ」

「そうかい? 十分、上手だよ」

 そう言うと。
 ふと、彼女の演奏が止まってしまった。

「……馬鹿なことを言わないでください」

 そんな言葉を聞いたのは、初めてのことだった。
 暴言といった言葉に分類されるものは、日常的に周りの人たちが軽く使おうとも、彼女が口にしたのは、一度も聞いたことがない。

 だから、僕は少し驚いてしまって、咄嗟に謝ってしまっていた。

「すまないね」

「……構いませんけれど」

 そう、口では言っていても、あまり良しとしていないのは、声音で分かった。
 だから、今一度心の中で謝って、許してもらおうと試してみた。
 そこでも、彼女は笑っていなかったけれど。

「今度は、もう少しちゃんとした曲が弾けますよ」

 目を閉じた僕に、彼女がそんなことを言った。
 これもまた、珍しい。
 僕からきっかけを与えないと、自分からは滅多に話し出さない彼女が、こんなことを言い出すなんて。

 それに、ちゃんとした曲か。
 それはとても楽しみだ。

「そうなのかい? じゃあ、楽しみにしているよ」

 目を閉じたままで答える。
 そんな僕に、彼女は「えぇ」とだけ返した。
 きっと、優しい、ちょっと切ない顔をしているのだろう。

 声の調子が、そんな感じだよ。