しばらく歩くと、大きな湖岸沿いへと辿りついた。
 去年も、その前も通った、変わらない景色。
 桜並木がとにかくも綺麗な、思い出の地だ。

「今年も、綺麗に咲いているようだね」

「そうですね」

 隣を歩く彼女が、そっと呟いた。
 短く、けれど深い頷きを以って、同じ桜を見上げながら。

「何だか、夢を見ているようだ。今年もこうして、君と桜が見られるなんて」

「夢なら、如何なさいますか?」

「そうだな。覚めて欲しいかな」

「幸せであるのなら、夢み心地だって、悪くないのでは?」

「一理あるけどね。でも、やっぱり僕は、現実の君とこうして歩きたいかな」

「……贅沢な答えですね」

「あぁ、我ながら」

 夢で会えて、且つ現実でも会える。それが一番、幸せだ。
 一通り歩ききると、少し休憩をしようと、すぐ近くにある行きつけの喫茶店へと入った。
 僕が頼むのはいつも通り、サンドイッチとブラック珈琲だ。
 彼女も全く同じメニューを頼むのだけれど、ブラックの珈琲、本当は無理して飲んでいるのを知っている。

 家ではいつも、ほんの少しだけ砂糖を入れるんだ。
 運ばれてきたそれらを、ゆっくりと喉へと送りながら、窓の外に見える桜をまた眺める。

「ここも、変わらないね。いつも通り、美味しい」

「ええ」

 マスターは変わっているけれども、味は全く変わらない。実の息子さんだから、なのだろうか。

「相変わらず、仲がよろしいですね」

 そんなことを言いながらやって来たのは、件のマスターだ。
 注文した品は全て揃っているのに、どうして――と首を傾げる僕らのテーブル上に、マスターは小さな皿を置いた。
 クッキーが数個、乗っている。

「次の季節辺りから出そうと考えている、試作品です。いつも美味しい美味しいと言って帰ってくださるお二人に試食をして貰おうと思っていたのですが、ようやくと今朝、形になりまして。よろしければ」

 とのことだった。
 シンプルな丸い形の生地。中心には、一回り小さい円形の、透ける色の部分がある。
 嬉しいことというのは、繋がっていくものなのだな。

「それは嬉しいな。それに、随分と綺麗だ。まるでステンドグラス――色が二種類、二つずつありますが、味を伺っても?」

「オレンジ色の方がリンゴ、赤色の方がイチゴとなっております」

「赤がリンゴじゃないんですか?」

「地元の果物からとれる果汁を使って、飴にしたものですから。仰られた通り、ステンドグラスクッキーというものです」

「へぇ。そんなお洒落なものがあるんですね」

「どうぞ、奥様とゆっくりお召し上がりになってください。会計の折、辛口のコメントなど頂けると」

 今の説明とこのビジュアルだけでも、美味しいこと間違いなさそうだが。
 辛口云々は置いておいて、とりあえずは言われた通り、ゆっくり味わうとしよう。