何をしようか。
休日、やや暇を持て余しており、且つ彼女がピアノを弾いていないタイミングで、そんなことを尋ねてみた。
すると彼女は、近場だから桜を見に行きたいと答えた。
桜か。
「もうそんな時期だったか。毎年行っているのに、つい忘れてしまうよ」
「ええ」
素っ気なく返す彼女。
しかし、自分から言って、そのまますぐに部屋に籠って準備をする辺り、行きたかったのは本音なんだろうな。
だって、「あれがしたい」なんて、聞かないと言ってくれないから。
程なくして戻って来た彼女は、自身でもお気に入りだと言っていた、僕の目にも似合いの服装に身を包んでいた。
着飾らないシンプルな装いが、彼女にはぴったりだ。
「とってもよく似合ってるよ」
「……お世辞は結構です」
嬉しさに頬を染めながらも顔を逸らす。
付き合い始めた頃から、何も変わっていないな。
「そういうあなたは、やっぱりちょっとダサいですね」
「そうかい? この歳にしては、結構似合ってると思ったんだけどな。ちょっと残念だ」
「あなたらしいと言えばらしいので、私は構わないのですけれど」
「本当かなぁ」
よくよく弄られた日々を思い出す。
いつだったかショッピングについて行った折、彼女の欲しいものを探す予定だったのに、僕にも何か着てみろと言われ――何とか選んだ組み合わせを「先輩ダサいです」と一蹴されたことが、何度かあったな。
でも、彼女が選ぶ彼女の服装は、自分のことをよく理解しているものばかりで、且つそれがすごく自然に似合っていて、反論も出来なかったんだよな。
「どうかなさいましたか?」
ふと、彼女の声で意識が戻った。
過去を懐かしんで浸っている内に、目線は彼女に固定されたまま、すっかり会話が途切れてしまっていたらしい。
「男の目になっていますよ?」
「君はたまに、天然で大人なことを言うよね。確かに君はいくつになっても魅力的だと思うけど、流石にそんな元気はないかな」
「あったら驚きですよ」
それもそうか。
二人して控えめに笑い合うと、そろそろ出かけようかと動き出す。
彼女のピアノに「行ってきます」なんて言って扉を閉めて、しっかりと施錠をして。
外に出てみれば、春の陽気はとても心地が良かった。微かに頬を撫でる風は、優しく、遠くからいい香りを運んでくる。
目にも耳にも鼻にも、全てが楽しい季節だ。
「頃合いだったようだね。気持ちが良いよ」
「ええ。暑くもなく、寒くもなく」
「そういう意味では――」
ないよ。そう続けようとしながら横目に見た彼女は、僅かに頬が緩んでいた。
優しく温かい、ふんわりとした笑顔だ。
「――そうだね。丁度良い気候だよ」
きっと、彼女もわざと言っているんだ。
照れ隠し、かな。
久しぶりに彼女の手を取ると、最初は驚いて手を強張らせたが、やがてすぐに落ち着いて、握り返してくれた。
それでもやっぱり緊張しているようで、少しだけ肩が上がっている。
大丈夫。離さないから。
そんな意味を込めるようにして、僕も少しばかり力を入れた。
休日、やや暇を持て余しており、且つ彼女がピアノを弾いていないタイミングで、そんなことを尋ねてみた。
すると彼女は、近場だから桜を見に行きたいと答えた。
桜か。
「もうそんな時期だったか。毎年行っているのに、つい忘れてしまうよ」
「ええ」
素っ気なく返す彼女。
しかし、自分から言って、そのまますぐに部屋に籠って準備をする辺り、行きたかったのは本音なんだろうな。
だって、「あれがしたい」なんて、聞かないと言ってくれないから。
程なくして戻って来た彼女は、自身でもお気に入りだと言っていた、僕の目にも似合いの服装に身を包んでいた。
着飾らないシンプルな装いが、彼女にはぴったりだ。
「とってもよく似合ってるよ」
「……お世辞は結構です」
嬉しさに頬を染めながらも顔を逸らす。
付き合い始めた頃から、何も変わっていないな。
「そういうあなたは、やっぱりちょっとダサいですね」
「そうかい? この歳にしては、結構似合ってると思ったんだけどな。ちょっと残念だ」
「あなたらしいと言えばらしいので、私は構わないのですけれど」
「本当かなぁ」
よくよく弄られた日々を思い出す。
いつだったかショッピングについて行った折、彼女の欲しいものを探す予定だったのに、僕にも何か着てみろと言われ――何とか選んだ組み合わせを「先輩ダサいです」と一蹴されたことが、何度かあったな。
でも、彼女が選ぶ彼女の服装は、自分のことをよく理解しているものばかりで、且つそれがすごく自然に似合っていて、反論も出来なかったんだよな。
「どうかなさいましたか?」
ふと、彼女の声で意識が戻った。
過去を懐かしんで浸っている内に、目線は彼女に固定されたまま、すっかり会話が途切れてしまっていたらしい。
「男の目になっていますよ?」
「君はたまに、天然で大人なことを言うよね。確かに君はいくつになっても魅力的だと思うけど、流石にそんな元気はないかな」
「あったら驚きですよ」
それもそうか。
二人して控えめに笑い合うと、そろそろ出かけようかと動き出す。
彼女のピアノに「行ってきます」なんて言って扉を閉めて、しっかりと施錠をして。
外に出てみれば、春の陽気はとても心地が良かった。微かに頬を撫でる風は、優しく、遠くからいい香りを運んでくる。
目にも耳にも鼻にも、全てが楽しい季節だ。
「頃合いだったようだね。気持ちが良いよ」
「ええ。暑くもなく、寒くもなく」
「そういう意味では――」
ないよ。そう続けようとしながら横目に見た彼女は、僅かに頬が緩んでいた。
優しく温かい、ふんわりとした笑顔だ。
「――そうだね。丁度良い気候だよ」
きっと、彼女もわざと言っているんだ。
照れ隠し、かな。
久しぶりに彼女の手を取ると、最初は驚いて手を強張らせたが、やがてすぐに落ち着いて、握り返してくれた。
それでもやっぱり緊張しているようで、少しだけ肩が上がっている。
大丈夫。離さないから。
そんな意味を込めるようにして、僕も少しばかり力を入れた。