「”別れの曲”かい?」

「……はい」

 はい、か。
 いつものように「えぇ」とは返してくれないんだね。
 何だか、君を少しばかり遠くに感じる。
 すぐ隣にいるのにね。

「今日は何曜日だろう?」

「月曜日です。まだ、週の頭ですよ」

「そうか……週始まりか」

「……お休みになられては?」

 そう、彼女は提案してくれたけれど。
 今日は――今日だけは。

「もう少し、君のピアノが聴いていたいな…」

「……分かりました。では、このまま」

「うん、ありがとう」

 僕が礼を言うと同時。
 曲が転調した。
 激しい両手のオクターブ和音。
 彼女の小さい手にはいっぱいいっぱいなようで、それでも必死になって喰らいついている。
 随分と力も弱いくせに、それで頑張って力強い音を出そうと懸命に。

 そんな彼女の様子に、僕はつい”可愛らしいな”と思ってしまった。
 程なくしてそこも乗り切ると、またゆったりと流れる綺麗なメロディラインが顔を出した。
 まるで、彼女をそのまま表しているようだ。
 慎ましやかで華々しく、大人しくもはっきりとした感情。

 うん、君にそっくりだ。

 今の君がそれを弾くと、そんな音色がするんだね。曲とそっくりな君が弾くと、こんな気持ちになるんだ。
 君はいつも、大人しくて綺麗で、静かで――君の見た目そっくりな曲しか弾かないから。
 中身を、君の心を現した曲を、もっと沢山聞きたかったな。

 相変わらず――

「君には合ってないね」

 そう言ってやると、彼女は堪えきれずに涙を流した。