戦鬼。
近衛部隊一番隊隊長よりも更に格上の、唯一単独行動が許されるだけの力を持つオーファンだけに与えられた称号だ。
その一撃は天を裂き、大地を割り、何人も触れることは出来ないと噂されているのだが。
「早く離せと言ってるんだ、聞こえないのか?」
楽し気——と言うよりかは、口調こそ強いものではあるものの、噂に聞くようにお堅い無慈悲な武力家といった雰囲気が感じられない。
ふわりと漂う空気感は柔らかく、全てを包み込んでしまいそうに温かい。そも、休暇とは言え丸腰の時点で、無慈悲などということは、一見決して無さそうである。
まぁそれも、拳による力がない場合に限る訳だが。
「聞いてねぇ——が、悪いな。噂に名高い騎士様にゃ、指咥えてそこで見ててもらおうか」
「お断りだ」
「ならしょうがねえ。お前ら」
残る男達へと呼びかけるリーダー格のような一人。
「せめて気色の悪い声音を正してから言ってくれ。欲望に素直なのは感心するがな」
堂々巡り。
男の言葉に嫌味で返して、更に——といった具合で、話は一向に進まない。
そんな様子にいい加減痺れを切らした一人の男が、実力行使とばかりに一歩、無言で前へ出た。
ポケットから取り出された手には、得物が握られている。
「お、オーファンさん…!」
噂に名高い戦鬼と言えども、咄嗟に声を出さずにはいられなかった。
仮に拳があろうとも、相手はそれをいなすに足る得物だ。
ジリジリと着実に距離を詰める男。
その後ろでは、残りの男たちも同じく各々の武器を取り出していた。
前に出ていた先頭の一人がぐっと足に力を込める。助走なしでも十分届き得るだけの距離だ。
「オ——」
「大丈夫だよ」
ふと、自分にだけ聞こえるような声が届いた。
視線を寄越すと、口元に人差し指を添えて「しー」と笑顔。
「え——?」
素っ頓狂な声が漏れてしまう。
言葉を失うエマの前では、今まさにオーファンへと得物が振り下ろされようとしていた。
息を呑む。
瞬間——
「《アレッタ》」
そんな言葉が耳に届いた刹那、男たちの動きが一瞬にしてとまった。
まるでそこだけ世界から切り取られたみたいに、抵抗の意思はおろか、瞬きの一つもない。
文字通りの、静止。
「まったく。これ、疲れるんだぞ」
腰に手を当てて困り顔のオーファン。
何が起こったのか分からないエマは、ただ呆然と口をパクパクさせているだけだ。
「あ、あの——」
なんとか絞り出した言葉は、辛うじてオーファンの気を引くには足りたようで。
「大丈夫か、お嬢さん?」
声をかけながらエマへと歩み寄るオーファン。
「あ、えっと……」
返答もままならないエマの目線は、アリシアから少し外れて男たちに固定されていた。
「あぁ、これ——ごめん、ビックリさせちゃったかな?」
「い、いえ…あの、あれは…?」
「呪詛。簡単に言えば、言葉による魔法だ」
呪詛——簡単な言葉で言うところの”言霊”の一種だ。
言葉に魔力を流し込み、それをある程度実現させることの出来る魔法で、使用可能者は基本、それなりの位を与えられるような者しかいない。
こと戦鬼などという最上位の称号を持つオーファンに於いては、最早詮索をするまでもないが。
誰の目にも、当然、と映る筈だ。
「さて。とりあえず、ここから移動しようか」
「え、あ、はい……い、いえ、あの人たちは…?」
「大丈夫。俺が呪詛に含んだ時間の制約は十分。その為にも、早いところここを離れるのが先決なんだよ」
「は、はぁ…」
そういうことならば、とエマは飲み込んだ。
近衛部隊一番隊隊長よりも更に格上の、唯一単独行動が許されるだけの力を持つオーファンだけに与えられた称号だ。
その一撃は天を裂き、大地を割り、何人も触れることは出来ないと噂されているのだが。
「早く離せと言ってるんだ、聞こえないのか?」
楽し気——と言うよりかは、口調こそ強いものではあるものの、噂に聞くようにお堅い無慈悲な武力家といった雰囲気が感じられない。
ふわりと漂う空気感は柔らかく、全てを包み込んでしまいそうに温かい。そも、休暇とは言え丸腰の時点で、無慈悲などということは、一見決して無さそうである。
まぁそれも、拳による力がない場合に限る訳だが。
「聞いてねぇ——が、悪いな。噂に名高い騎士様にゃ、指咥えてそこで見ててもらおうか」
「お断りだ」
「ならしょうがねえ。お前ら」
残る男達へと呼びかけるリーダー格のような一人。
「せめて気色の悪い声音を正してから言ってくれ。欲望に素直なのは感心するがな」
堂々巡り。
男の言葉に嫌味で返して、更に——といった具合で、話は一向に進まない。
そんな様子にいい加減痺れを切らした一人の男が、実力行使とばかりに一歩、無言で前へ出た。
ポケットから取り出された手には、得物が握られている。
「お、オーファンさん…!」
噂に名高い戦鬼と言えども、咄嗟に声を出さずにはいられなかった。
仮に拳があろうとも、相手はそれをいなすに足る得物だ。
ジリジリと着実に距離を詰める男。
その後ろでは、残りの男たちも同じく各々の武器を取り出していた。
前に出ていた先頭の一人がぐっと足に力を込める。助走なしでも十分届き得るだけの距離だ。
「オ——」
「大丈夫だよ」
ふと、自分にだけ聞こえるような声が届いた。
視線を寄越すと、口元に人差し指を添えて「しー」と笑顔。
「え——?」
素っ頓狂な声が漏れてしまう。
言葉を失うエマの前では、今まさにオーファンへと得物が振り下ろされようとしていた。
息を呑む。
瞬間——
「《アレッタ》」
そんな言葉が耳に届いた刹那、男たちの動きが一瞬にしてとまった。
まるでそこだけ世界から切り取られたみたいに、抵抗の意思はおろか、瞬きの一つもない。
文字通りの、静止。
「まったく。これ、疲れるんだぞ」
腰に手を当てて困り顔のオーファン。
何が起こったのか分からないエマは、ただ呆然と口をパクパクさせているだけだ。
「あ、あの——」
なんとか絞り出した言葉は、辛うじてオーファンの気を引くには足りたようで。
「大丈夫か、お嬢さん?」
声をかけながらエマへと歩み寄るオーファン。
「あ、えっと……」
返答もままならないエマの目線は、アリシアから少し外れて男たちに固定されていた。
「あぁ、これ——ごめん、ビックリさせちゃったかな?」
「い、いえ…あの、あれは…?」
「呪詛。簡単に言えば、言葉による魔法だ」
呪詛——簡単な言葉で言うところの”言霊”の一種だ。
言葉に魔力を流し込み、それをある程度実現させることの出来る魔法で、使用可能者は基本、それなりの位を与えられるような者しかいない。
こと戦鬼などという最上位の称号を持つオーファンに於いては、最早詮索をするまでもないが。
誰の目にも、当然、と映る筈だ。
「さて。とりあえず、ここから移動しようか」
「え、あ、はい……い、いえ、あの人たちは…?」
「大丈夫。俺が呪詛に含んだ時間の制約は十分。その為にも、早いところここを離れるのが先決なんだよ」
「は、はぁ…」
そういうことならば、とエマは飲み込んだ。