季節はまた一つ巡り、夏になった。
惰性惰性で続けている学校は、ギリギリ単位を落とさない程度に進んでいる。
しかし、その頃から、いや少しだけ前から、彼の色が少しずつ変化し始めていた。
純粋な興奮の色から、薄い薄い桃色――“幸福”の色へと。
そこでも一つ、分かったこと。
彼が最近聴いている曲は、今まで聴いたものの中から、ランダムに再生されているということだ。
それでも、飽きや退屈の色にならないのは――
彼のことを、もっと知りたくなった。
数週間が経った、大雨降りしきる梅雨のある日、私はまた、先生に呼び出されていた。
習慣のことですっかり忘れていたけれど、今日は、明日を留学決定に控えた日だったのだ。
正直なところ、まだ結論は出ていない。
以前より少しは真面になったつもりだけれど、まだ何か、少し私の中で足りないものがある。
そんなことを考えて言葉を詰まらせている私に、先生は、
「最近の成績は、はっきり言ってあれですが――まだ、貴女には力が残っているのだと、私は信じているのですよ?」
「……えっと」
「決断を下すのは、あくまで貴女自身。それに対して、私は反対も憤慨もしない。けれど、もし――もし、少しでも、まだピアノを弾いていたいと思うのであれば、此度の誘いを、どうか蹴らないで頂きたい」
真剣な眼差し。
はっきりと見える、黄色と薄い茶色の混じったもの。それは、“期待”の色だった。
私がはっきりとしない間にも、先生は私のことを見捨てないでくれていた。
惰性を引っ張っているだけの私を、まだ可能性があるのだと信じてくれている。
「明日――明日、必ず決断します。今日、本気で一度考えてみます。それでもし、私が勇気を持てなかったら……」
「ええ。私は、貴女の意見を尊重します」
「……ありがとう、ございます」
深く深く。
これ以上ないくらいに深く頭を下げて、私は部屋を後にした。
すると、まるで「待ってたよ」とでも言わんばかりに、友人が声を掛けて来た。
いつものように、“緊張”の色を纏いながら。
「今日、帰り一緒しない? 駅前に、新しいクレープ屋が出来たってクラスの子が――」
「ごめん…!」
はっきりと断ると、友人は瞬間、少し寂し気な表情を浮かべた。
今までなら、それを見送って終わっていたところだ。
しかし、今日だけは。
「ちょっと、やらなきゃいけないことが出来ちゃった。だから、ごめん」
ちゃんと言葉にすると、友人の色が変わった。
複雑でぐちゃぐちゃとした“緊張”の色から、薄く淡い水色は“安心”の色に。
「――分かった。頑張ってね」
「うん。また、明日」
舞踏会以来、一度も言っていなかった言葉。
久しぶりに使うと心地良くて、彼女もまた、困ったように微笑んで「また明日ね」と返してくれた。
大きく手を振って別れると、私は急いで下駄箱を目指す。
先生との話が長引いて、これではいつものバスに間に合わない。
そんな、焦る気持ちを覚えながらも、しかし心はとても澄んで晴れやかだ。
きっとそれは、周りじゃくて、他でもない私自身の気持ちが変わったから。
周りは一度も、変わってはいなかったのだから。
惰性惰性で続けている学校は、ギリギリ単位を落とさない程度に進んでいる。
しかし、その頃から、いや少しだけ前から、彼の色が少しずつ変化し始めていた。
純粋な興奮の色から、薄い薄い桃色――“幸福”の色へと。
そこでも一つ、分かったこと。
彼が最近聴いている曲は、今まで聴いたものの中から、ランダムに再生されているということだ。
それでも、飽きや退屈の色にならないのは――
彼のことを、もっと知りたくなった。
数週間が経った、大雨降りしきる梅雨のある日、私はまた、先生に呼び出されていた。
習慣のことですっかり忘れていたけれど、今日は、明日を留学決定に控えた日だったのだ。
正直なところ、まだ結論は出ていない。
以前より少しは真面になったつもりだけれど、まだ何か、少し私の中で足りないものがある。
そんなことを考えて言葉を詰まらせている私に、先生は、
「最近の成績は、はっきり言ってあれですが――まだ、貴女には力が残っているのだと、私は信じているのですよ?」
「……えっと」
「決断を下すのは、あくまで貴女自身。それに対して、私は反対も憤慨もしない。けれど、もし――もし、少しでも、まだピアノを弾いていたいと思うのであれば、此度の誘いを、どうか蹴らないで頂きたい」
真剣な眼差し。
はっきりと見える、黄色と薄い茶色の混じったもの。それは、“期待”の色だった。
私がはっきりとしない間にも、先生は私のことを見捨てないでくれていた。
惰性を引っ張っているだけの私を、まだ可能性があるのだと信じてくれている。
「明日――明日、必ず決断します。今日、本気で一度考えてみます。それでもし、私が勇気を持てなかったら……」
「ええ。私は、貴女の意見を尊重します」
「……ありがとう、ございます」
深く深く。
これ以上ないくらいに深く頭を下げて、私は部屋を後にした。
すると、まるで「待ってたよ」とでも言わんばかりに、友人が声を掛けて来た。
いつものように、“緊張”の色を纏いながら。
「今日、帰り一緒しない? 駅前に、新しいクレープ屋が出来たってクラスの子が――」
「ごめん…!」
はっきりと断ると、友人は瞬間、少し寂し気な表情を浮かべた。
今までなら、それを見送って終わっていたところだ。
しかし、今日だけは。
「ちょっと、やらなきゃいけないことが出来ちゃった。だから、ごめん」
ちゃんと言葉にすると、友人の色が変わった。
複雑でぐちゃぐちゃとした“緊張”の色から、薄く淡い水色は“安心”の色に。
「――分かった。頑張ってね」
「うん。また、明日」
舞踏会以来、一度も言っていなかった言葉。
久しぶりに使うと心地良くて、彼女もまた、困ったように微笑んで「また明日ね」と返してくれた。
大きく手を振って別れると、私は急いで下駄箱を目指す。
先生との話が長引いて、これではいつものバスに間に合わない。
そんな、焦る気持ちを覚えながらも、しかし心はとても澄んで晴れやかだ。
きっとそれは、周りじゃくて、他でもない私自身の気持ちが変わったから。
周りは一度も、変わってはいなかったのだから。