【雪乃 side】
パシンッ
···まただ。また、今日も。
この痛々しい耳障りな音が聞こえてくるのは、もう何度目だろうか。
あたしが物心着いた時から両親は喧嘩ばっかりしていた。
あたしの前で手を挙げたことは1度もない。
でも。あたしは知ってる。
あたしの父親は、あたしが寝静まった頃に日々、母親に暴力を奮っている。
母親は、昼間からお酒を飲んで、夜はろくに家事もせずいつもどこかへ出掛けて、酔っ払って帰ってくる。
そんなあたしの両親は、顔を合わせるだけですぐに喧嘩がおこる。
あたしは、そんな両親が大嫌いだった。
あたしが幼稚園の頃。
授業参観の日は、必ずお友達の親は見に来ていた。
でも、あたしの親だけ1度も顔を出したことは無い。
小学生の学芸会も、音楽祭も。
ついには、お弁当も作ってくれなくなった。
今まで全て、自分のことは自分でやってきた。
ほんとは、甘えたかった。
母親の愛情がこもったお弁当を、笑顔で食べたかった。
でも、それはもう叶わないこと。
この家に生まれた以上、無理なこと。
母親の泣きわめく声と、父親の荒らげる声が1階から聞こえてくる。
もう、無理。限界。
あたしは耐えられなくなって、ベッドをおりてこっそり部屋を出る。
家を出る時にリビングの扉から少し中の様子が見えた。
なんで、うちの親は他の親と違うんだろう。
なんで、他の親のように普通じゃないんだろう。
あたしはただ、普通にご飯を食べて、みんなで笑い合いたいだけ。
でももうそんなこと考えても無駄だ。
扉の隙間から見えた両親の姿を見て吐き気がして、あたしはそのまま家を飛び出した。
こんな生活、今に始まったわけじゃないのに。
涙が溢れてくる·····。
私はその涙を拭いながら、近くの公園へ走った。
冷たい風が頬を撫でる。
今までのこと全て、忘れられたらいいのに。
公園は、ベンチの近くに一本街灯が立っているだけで、薄暗かった。
私はベンチに腰掛けた。
こんな生活今に始まったわけじゃないのに。
でも、明日は。
明日は大切な日なの·····。
なのにそんなことも忘れているであろう両親が許せなくて、また自然と頬に涙が伝う。
こんな生活、いつまで続ければいいの?
誰にも相談できない。打ち明けられない。
学校には数人の友達もいて、親友もいる。
だけど、友達に話したらその友達に迷惑がかかるだけ。
寂しいよ····。誰か、助けて。
私はベンチにうずくまる。
その時、私の上にタオルがかけられた。
「え···?」
顔を上げると、そこには男の子が立っていた。
その男の子は黒髪で、上下スウェットを着ていた。
「どうした···?」
男の子は深刻な顔であたしの顔を覗き込む。
薄暗くてよく見えなかった顔が私の目の前にきて。
整った鼻。あたしのことを覗き込む、吸い込まれそうな茶色の瞳。
あたしはその男の子に涙を見られないように顔をそむけて立ち上がった。
「なんでも···ないです」
「なんかあったんだろ···?なんもなかったらこんな時間に女の子が1人でベンチにうずくまるかよ」
「ほんとになんもないですから···」
あたしが立ち去ろうとすると、その男の子はあたしの左腕を掴んで自分の方に引き寄せ、優しく抱きしめた。
「泣いてたんだろ···?」
耳元で囁かれた声に、あたしはびっくりする。
泣いてたこと···バレてる。
見られてたんだ。
「泣いてなんか···」
そう言いかけると、男の子はあたしを抱きしめる力を少し強めた。
「強がろうとすんなよ···。お前のことなんにも分かんないけど···お互い知らねぇ方が好都合だろ?泣けよ···」
抱きしめられていることで、人の温もりを久しぶりに感じて。
「泣いて···いいよ」
男の子はもう一度、あたしに優しく言った。
男の子は、あたしの顔を自分の胸に優しく手でうずめてくれる。
言葉はぶっきらぼうだけど、