………………。
ぱたん。
ドアの鍵を掛けてしまえば、そこは二人だけの楽園。
「あこちゃん!おかえり!」
千切れんばかりに見えない尻尾を振って、狭い部屋の中、私に近寄ってくるのは幼馴染の静人。
「しーちゃん、まてまて。今、アイスあげるからー…」
ガサゴソと持って帰ってきたコンビニの袋を探っていると、後ろからぎゅうっと抱き締められた。
「もー。コンビニ行くなら行くって言ってよ!そしたら俺も一緒に行ったのにー!!」
「ごめんごめん。しーちゃんも何か欲しかったの?」
空いてる方の手で、抱き締めてきた腕をぽんぽんとすると、うなじ辺りに顔を埋めて来た静人が、ううんとちょっぴり悲しそうに告げてくる。
「あこちゃん可愛いからー…すぐ声掛けられちゃうでしょ?だから俺が用心棒になりたいの!」
あぁ、この子本当におバカで可愛い。
あたしなんかより、静人の方がよっぽどモテるというのに…。
「しーちゃんは、心配し過ぎだよー。現にコンビニ行っても、誰にも声掛けられなかったし…」
「じゃあ、じゃあじゃあ!あの店員には?いっつも余計な事言ってくる奴」
何時の間にかくるりん、と体を反転させられていて、今にもキスが出来るんじゃないかってくらいの距離でじっと見つめられる。
バスケもバレーも、運動系は何にもしてないくせに…高身長と、大きな手…。
それが私に視線を合わせるようにして覗き込んで、その手で頬を撫でられるだけで幸せになる。
でも、それをちょっとだけ隠して、私は何でもないことのように返事をする。
「あー…そういえば、テーマパークがなんとか…?」
そう言うと。
しゅーんと倒れるわんこ耳ともふもふのしっぽ。
まぁ、そんなものは本当は付いてないんだけど、私には見えてしまうんだ、どうしても…。
「もー!ほらぁ!それがだめなの!誘われてんじゃん!」
「でも流したよ?」
「……なんて?」
「『素敵な彼女サンと行って来て下さいね』って」
「………」
「なに?」
「あこちゃん、格好いい!可愛い!」
ぎゅぎゅぎゅーっと力いっぱいに抱き締められて、私は息苦しさに思わず持っていたアイスで静人の頭をぽこんと叩いた。
「いたいよぉ、あこちゃん…」
「だって、苦しいんだもん」
そう言って体を離そうとすると、「んー…もうちょっとー…」と首筋に顔を埋められた。
この家には私と静人しか住んでいない。
私の親は二人揃って海外赴任。
静人の親は………物凄い放任主義。
そう言えば格好が付くが、本当は自分の息子が生きていればいいくらいにしか思っていない。
そんな静人を心配して、私の母親が提案して来たのが、静人と二人の生活。
『可愛い娘を一人を日本に残すのも…』
と渋っていた父に、今の学校が如何に素晴らしく、自分にとって良い所なのかを必死で説明して、半ば無理やり納得させたら、母がにっこり笑って、
『じゃあ、静人くんと一緒に暮せばいいわ。そうすればパパもママも安心だし』
これには、流石の私も驚いた。
まさか、うら若き乙女と、幼馴染とは言え異性を同じ宿の下に住まわせることに、両親ともが満場一致で納得するとは…。
パパは絶対に反対すると思っていたのに、
「おぉ!静人くんなら安心だな。じゃあ、彩恋、早速静人に連絡しときなさい」
「……うん」
にっこりと微笑んで、リビングのテーブルに置いておいた私のスマホを手渡して来た。
そして、スマホで事情を話すとすぐに、静人は私の家にやって来て、両親に言ったんだ。
「あこちゃんのことは俺に任せて!」
その横顔が頼もしく見えて、ドキンと胸が高鳴ったのを今でも覚えてる。
「あこちゃん?どしたの?」
「んー…しーちゃんさぁ?なんで私のとこ来るの、拒否しなかったのかなーって」
小首を傾げて、そう聞くと…静人は若干食い気味で、
「拒否る訳ないじゃん!だって、あこちゃんと一緒にずーーーっといられるんだしっ」
と、目を輝かせてぎゅぎゅーっともう一度抱き締められた。
「はぁもぅ、あこちゃん好き過ぎる、俺しんどい…」
「しーちゃん、ほんと、苦しい…」
「ごめーん。でも!やっぱりもうちょっと…」
そう言って静人は、思う存分私を抱き締めた後から、お腹をキュルキュルと鳴らした。