コウ兄が高橋さんとそんな話をしているなんて知らずに、商店街を抜け、歩いて10分ほどの距離にある5階建ての築十年数の古いマンションに私はいた。
3階の角部屋にある千花の部屋に向かって共同通路を歩きながら頬を緩ませてしまうのは、私の足音を聞きつけたそらくんが、玄関先で座って待っている姿を想像しているからだった。
さびれた商店街から少し離れ周りに高い建物もなく数十件の民家と畑しかないが、通常の1LDの料金より安く借りられる理由だけで住んでいたが、今は、ペット可のマンションを気に入っている。
ドアの前で立ち止まると、ミィーと可愛らしい声がドアの向こうから聞こえる。
予想通りでふふふと笑い、鍵を開けドアを開ければ、キラリと光る目が2つ近寄って足元に擦り寄り、玄関の明かりをつけると真っ黒な毛をしたそらくんが待ちきれない様子で尻尾をフリフリさせて中に入って行き、餌皿の前で座って待機している。
「そらくん、ただいま。今、ご飯あげるね」
ご飯の催促なのかわからないが、餌皿の側面を前足で倒し、カチャンと何度も鳴らす姿は、数日前まで私をとても警戒していた猫には見えなかった。
可愛らしい催促が、先程までの苛立ちも綺麗に忘れさせてくれる。