「お~♡」
それを見ていた水川がニヤニヤしながら歓声をあげた。
「玲やる~。あ、キミまだ起きてたの?もう寝て?」
そのときムクリと起き上がったリュウに再度蹴りをいれる水川。リュウは完全にノックアウトされた。
「て、いうか背中痛いでしょ…!?おろして、重いからっ…」
「だから動くな、じっとしてろよ」
「やだ、おろしてって…!」
恥ずかしいからこの体勢!
脱出しようとしたけど、天王子の鋭い視線に動きが止まる。
「重いんだからマジじっとしてろ」
「ちょっ…失礼な!だからおろしてって…!」
「むり。死んでも離さねー」
…今度は心臓が止まりかけた。
ずるい。
重いとか言われてんのに。
ドキドキが簡単にそれを上回る。
大人しくなった私を天王子がドアの方に運ぶ。
すると、
「…プリンス、何してらっしゃるの…!?」
血相を変えて私たちの前に現れたのは…九条先輩。
「ちょっ…あなたね…!」
私をこんな目に遭わせた張本人!
怒ってやろうとしたけど、どうやら九条先輩は私なんぞどうでもいいらしい。
「こんな女抱いて、いったいどこに行くおつもりですか!?」
私に視線は1ミリもくれることなく、真っすぐ天王子だけを見てる。
「…それ、君に関係ある?」
天王子の静かな声。
もう、何でこんなに落ち着いてんの。もう少し怒ってくれたって…!
九条先輩は悲壮な表情で天王子に訴えかけた。
「あります!私はあなたのファンクラブ会長なんです。ファン達の統率と規律を守るのが私の仕事。
なのに、当のプリンスがこんな女に構うなんて、ファン達に示しが…!」
「おまえ何様?」
天王子の冷たい声。ゾクリとした。
「カスの分際で俺に説教してんじゃねーよ、厚かましいんだよブスが」
「………かっ、カス!?……ブス!?」
九条先輩はまるで初めて聞く言葉みたいに、それを繰り返す。
「お前のことだけど?顔だけじゃなくて性格まで腐ってんのかよ、ほんと救いようねーな。大地に還れ」
だ、大地に還れって…それってつまり。
「…ね、ねぇ天王子、もうその辺にしとけば…?」
あまりのショックで言葉を失っている九条先輩。
このままだと倒れてしまうんじゃないかと思って天王子の服を引っ張ると、
「……はぁ?」
天王子の呆れた声が返ってきた。
「お前が言うんじゃーよ、ぶっ飛ばすぞ」
なぜ!?
「…プリンス」
九条先輩は今にも泣きそうな顔してる。
「本当に、こんな女がいいんですか…?私はあなたに少しでも釣り合うように努力してきました。あなたの隣に並んでも恥ずかしくない女になろうって…!」
「あのさぁ」
天王子がため息をついた。
「お前、勘違いしてるわ。
俺にふさわしい女は俺が決める。外野の意見とかどーでもいいんだよ」
そして私を抱え直すと、
「どけ」
鋭い声で言い放った。
「………っ」
黙って身を引く九条先輩。
「あ、おい、この人たちの後始末どーすんの?」
後ろから追いかけてくるのは水川の能天気な声。
「知らね。開人に任せる」
「リョーカイ☆」
水川がニッと笑った気配がした。
―――そして。
「……あの。天王子…?」
「………」
「ずっと黙ってるけど…」
「………」
「……あの。なんか怒ってる?もしかして」
「………」
「あの……」
まるでお地蔵様と会話してる気分だ。
あれから真っすぐマンションまで連れ帰られた私。
「……天王子。ホントにありがとう…」
私と天王子の部屋の、ちょうど中間で。
そう言って自分ちに帰ろうとした私は
「お前やっぱちょっと来い」
強引に天王子の部屋に連れ込まれ、今に至る。
私をベッドに座らせてペットボトルの水を渡してきた後は、ずっと少し離れたところの椅子に座って、黙りこくったままの天王子…
……空気のシンという音が耳に痛い。
もしかして感謝の気持ちが足りないと怒ってるとか!?
「天王子、あの、本当にありがとう、助けてくれて。まさか来てくれると思わなかったから、ほんとに感謝してる。ありがとう」
「………」
なぜかジロリと物凄く不機嫌そうな瞳で睨まれた。
「えっ何!?」
不正解!?
「…あー…ダメだ。ムカつきすぎて死ぬ」
そしてクシャリと自分の前髪をつかんでうなだれた。
やっぱり怒ってらっしゃる!?
「わかった!私が変に面倒かけさせたから怒ってるんだよね?っていうか私があそこにいること何で分かったの?」
「……電話かかってきた。お前から。で、状況を把握した」
「電話…?……あ。」
もしかしてスマホをいじろうとして、リュウに取り上げられた時だろうか。そっか、天王子に電話かかっちゃってたんだ、あの時。
「そっかぁ、よかった、電話かけたのが天王子で」
思わず本音が零れる。天王子がじっと私を見てるのに気づいて「あぁ違うよね!」と慌てて訂正した。
「天王子変なことに巻き込まれたから怒ってるんでしょ?それはホントごめんて。
それにしても大丈夫?九条先輩の前で完全に猫なぐり捨ててたけど、明日からのプリンスとしての地位が…」
「お前いい加減黙れ」
椅子から立ち上がった天王子が私を見下ろした。
「お前が何か一言発す度にムカつきすぎて脳細胞が死ぬ」
「はい!?」
どういう状況それ!?
「そ、そんな…じゃぁ怒ればいいでしょ!?でも、私だって好きでああいう状況になったわけじゃ…!」
「ちげーよ」
天王子の声が遮る。
思わず黙ってしまった。
だって、天王子がなんか、痛そうな顔をしてたから。
「お前…俺がいない間に何であんなことになってんの。
大体想像つくわ。学校中から吊るしあげられてたんだろ?そんな怪我までして」
天王子が私の膝に貼られた絆創膏を見ているのに気付いて、なんとなく手で隠した。
「…そういうとこ。ほんとムカつく…」
「…え?」
「何で言わねーんだよ…言えよ。電話でも何でもすればいいだろ」
「…だって…」
「もっと頼れって言ってんだよ」
バチッと天王子と目があった。
…なんか…もしかして天王子、すっごい私のこと心配してくれたんだろうか。あんなに息を切らして、駆け付けてくれて。
「…ふっ」
思わず笑みがこぼれる。天王子が不可解そうに眉をひそめた。
「…なに笑ってんだよ」
「…ごめん。嬉しいかも」
「はぁ?」
天王子が不機嫌そうに首をかしげた。
だって。
天王子は私がイジメられたって、家が隣のことがバレたって、どうでもいいんじゃないかと思ってたから。
「…心配してくれて嬉しい」
自然に頬が緩まってしまう。
天王子を見上げると、
「…っ、」
口元に手を当てた天王子が
「…やっぱムカつく…」
大股で私に近づいてきて、グイッと首の後ろに手を添えたと思ったら、そのまま強い力で引き寄せられた。
…は。
天王子のとじた瞳が信じられないくらい近い距離にある。
唇に何かが触れている。
「……やっと黙ったな」
唇を離した天王子が、ふっと私を見て口角をあげた。
……えっと。
「今…?」
「すっげー顔」
ふはっと笑うと、ギュッと抱きしめられる。
「…や、笑ってる場合じゃなくて」
「お前の顔が面白いから悪いんだろ」
いやそれ悪口…だよね?
いつもならうるさいわ!と神速でツッコむはずなのに、どうしよう、心臓がバクバクしすぎてそんな余裕全くない。
黙ったまま天王子に抱きしめられていると、天王子が背中にまわしていた手を緩めて、覗き込むように私の顔を見た。
「……なんか今日はやけに大人しいな」
「…そう?いつもおしとやかですけど…」
「誰がだよ」
そして頬を親指で撫でてくる。
「…どっか痛い?」
甘やかすような手つきに、慈しむような声に、ダメだ…溶けてなくなりそう
「痛く…ない」
それだけ言うのに精一杯。
「…ふーん」
感情の読み取れない声で呟いた天王子が、再び私に顔を寄せてきた。
「っちょ、と待って…」
「…なに」
「な、何するの」
「キスだけど」
「さっきもした、じゃん…っ」
「…別にいいだろ」
「…なんでキスするの…?」
もう脅しのキスは必要ない。
キスで共有する秘密もない。
じゃぁ、キスする意味なんて
「好きだから」
言い切った天王子が両手で私の顔を包んだ。
「…悪いかよ」
…こんなに偉そうに、自信満々に告白する奴なんているんだろうか。やっぱりムカつく。自意識過剰。だけど。
「…わたしも、好きっ…バカ」
嬉しくて嬉しくて、心臓が潰れそうだった。不覚。