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衝撃の生キスに固まる私。


突然すぎて目を逸らすことすらできなかった。




少しして、妃芽ちゃんの両肩をつかんだ天王子がグイッと強く引き剥がした。





「…っやめろ」



「…何で!?何で一花ちゃんはいいのに私はダメなの!?私の方がずっと…!」



「村田がどうこうじゃない、ただ」





天王子が妃芽ちゃんの肩から手を離す。





「妃芽じゃダメだ」



「…っ」





妃芽ちゃんがガクリとその場に崩れ落ちる。天王子はそれに「…悪い」とだけ言って、理科室を出て行った。





静かになった理科室の中。妃芽ちゃんの嗚咽だけが響いている。





「…ひ、妃芽ちゃん…」




妃芽ちゃんに駆け寄ろうとすると、




「来ないでよ!」




強い声に拒まれた。




「心配するフリとかしないでよ、超ムカつく。私がフられて喜んでるんじゃないの!?」


「…そ、そんな…こと、」


「消えて」




妃芽ちゃんが顔を上げる。涙で濡れた瞳で、キッと私を睨みつけていた。




「今すぐ目の前から消えて!」



「……わかった」










理科室から出ると、壁に背中を預けるようにして誰かが座り込んでいるのが見えた。



…なんだか苦しそうだ…って。



天王子!?




「ちょっとどうしたの!?」




慌てて私もしゃがみ込む。



天王子は苦しそうに息をしながら、




「…別に」



掠れた声でそう言った。




「別にって…すごい具合悪そうだよ!?」


「いいから…何でもねーよ」




天王子の顔は俯いていてよく見えない。



熱でもあるのかと額を触ろうとしたら、バシッ!と物凄い勢いで振り払われた。





「…触るな。見るな。どっか行け」




そして体ごと私から逸らして、ゴホゴホと苦し気に咳込む。





振り払われるときに、一瞬見えた天王子の顔。



真っ赤な発疹のようなものが、顔中に出来ていた。



咳込みながら、天王子は強く唇を擦っている。まるで何かを打ち消すみたいに。




…もしかして。




私の脳裏に、妃芽ちゃんが天王子にキスした光景が浮かび上がった。





女アレルギー…!?









「…保健室行こ、天王子」



天王子は私に背を向けたまま答える。



「無理。つーかどっか行けって言っただろ?俺に構うな「あんたバカなの!?」



ビクッと肩を揺らした天王子が振り向いた。



「構うに決まってんでしょ!?ほんっとバカじゃないの!?バカ!」


「…ば、バカって俺は入学以来ずっと学年一位…」


「そういうこと言ってんじゃないからバカ!」




あぁもう、バカが止まらない。




私は天王子の隣にしゃがむと、腕を無理矢理私の肩にまわさせた。




「…っおい、触んなって…」


「いいから黙って立って!」


「……」



天王子はまだ何か言いたげだったけど、私の勢いに飲まれて黙った。



私に支えられながらなんとか立ち上がった天王子の足元は頼りなくフラついている。息遣いも荒かった。




「重いだろ…無理すんなよバカ…」


「…言っとくけど、私バカ力だから。あんた一人くらい超余裕」




長身の天王子を支えるのは容易ではなかったけど、なんとか余裕の顔してそう答えた。



そんな私を見て天王子が笑う。




「…ほんと、変な女」










天王子が保健室は死んでも嫌だ、病院も絶対に嫌だ、いつも寝ていれば良くなるというので、私は学校前で運良くつかまえた流しのタクシーに乗り込み、天王子の家に向かった。


タクシーの中でみのりにラインを打つ。急用ができて早退するとだけラインした。みのりは何かを察知したのか、特に深堀もせず「了解!先生にうまく言っとくね」とだけ返事がきた。



天王子は……どうしよう。




「…心配ねーよ」



椅子に背を預けてグッタリと目を閉じていた天王子が薄目を開ける。




「俺しょっちゅうモデルの仕事で早退するし。今回もそう思われるだけだろ多分」



「そうなの?」



「信頼されてるからなー、俺。教師からも」




そしてまた目を閉じる。



顔の発疹は治まらない。腕や首も赤くなっている。





…大丈夫なのかな、本当に。











天王子の家に着いて、とりあえず天王子をベッドに押し込んだ。




あとは、どうしよう。こんなの初めてで一体どうしたらいいのか…



「み、水とか飲む!?私持ってっ…」


「いいから」



立ちあがろうとした私の手首を、パシッと天王子がつかんだ。





「…ここにいて」





…こんなに弱々しい声の天王子を、私は知らない。





私は黙ってベッドの傍らに腰をおろす。





「…あー、くそ、最悪だ」




私の手首をつかんだまま、天王子が唸った。




「妃芽を保健室に連れてった時は何もなかったから治ったと思ったのに…くっそ、何だこれ」



私の手首をつかんだ手とは反対側の手で、顔を覆っている天王子。



その合間から見える頬の赤さは全く引く気配がない。



さっきは振り払われたけど、私はもう一度天王子の額に手を伸ばす。




「…やっぱ熱いよ。体温計持ってこようか?」




額に触れた瞬間、ピクッと天王子の体が揺れた。



手をずらした隙間から、天王子の瞳が私を捉える。真っすぐな目。




「…お前さ」



天王子の声は熱で浮かされたように掠れていた。



「気持ち悪くねーの?」



「え?何が?」



「何って…俺が」



「何で?」




わけが分からなくて天王子を見返すと、天王子は居心地悪そうに唇を噛んで、




「…やっぱ調子狂うわお前といると」




フイッと顔を逸らした。











「…俺、中学のとき妃芽と付き合ってた」



顔を逸らしたまま、天王子が独白のようにポツリと告げる。



「うん…知ってたよ。水川に聞いたし」



天王子が驚いたように私を見て、次の瞬間には苦虫を噛み潰したような顔をした。



「マジか、あいつ…後で絶対にシバく」



そして軽く息を吐くと、目を閉じる。


眠るのかな…そう思っていると、




「…中学のとき」



目を閉じたまま、ボソリと言った。



「…女アレルギーに…なったの。中学のとき」


「…そうだったんだ」




脈絡のない天王子の話。


もう話さないで、眠った方がいいよ。





だけど天王子は何かを話したそうで、私もそれが聞きたくて、黙って続きを待った。






「俺―――」















小学二年生のときに両親が離婚した。



それから、母親と俺の二人暮らしがはじまった。




どこにでもあるよくある話。





そして、お母さんには常に“彼氏”がいた。




これもよくある話…なのかもしれない。





だけど当時の俺は、そのことがすごく嫌だった。


お母さんが、自分以外の誰かを見ていることが堪らなく嫌だった。





だから自分を見てほしくて、勉強も運動も頑張った。




頑張って、頑張れば…もっと愛してくれると思ってた。






「…は?また100点?玲って化け物なの?」



開人と出会ったのは中学1年。入学式で席が隣だったのをきっかけに仲良くなった。



「まぁここの単元得意だったし」


「へぇ~今度俺にも教えてよ。かわりに俺は女をオトすテク、伝授してやるからさ☆」



中学のときから既に爛れた奴だった。









もともと器用な方だったから、ちょっと頑張れば勉強も体育もすぐにトップクラスになった。



おまけに生まれつきルックスもいい。



当然モテたし、それなりに毎日楽しかった。




妃芽と付き合い始めたのは中3のはじめ。




もともと仲良い友達の一人だったけど、密かに可愛いと思っていたから告白されたときはかなり嬉しかった。




俺の人生バラ色。



そのはずだった。あの時までは……









その日、学校が終わっていつものように家に帰ると、お母さんのハイヒールの隣に、見慣れない革靴があった。



…またか。



俺はため息をつく。


お母さんが家に男を連れ込むのは珍しいことではない。



しかもほぼ毎回と言っていいほど違う男だ。


どうせまた二人でリビングで寛いでいるんだろう、我が物顔で。



…こんな日は自分の部屋に引きこもるに限る。




そう心に決めて、玄関のドアを閉めた時だった。





「んっ…」




奥から聞こえた艶めかしい声。





ゾワリ、と背中を嫌なものが駆け巡った。






行くな、と本能が告げている。



行って絶対にいいことはないと分かっていた。




でも、心のどこかで信じたくなくて。





俺は無意識のうちに足音をたてないようにして、奥の寝室に向かっていた。




ゆっくりと扉を開ける。




そこにはベッドの上で、見知らぬ男とキスをする、母親の姿があった。