「はぁぁぁぁ~…」


家に帰ってきて、ボスッと自分のベッドに寝転がった。



美味しかったなぁ、ティラミス。
樹くんともたくさん話せたし。



“好きだよ”

“彼女になってほしい”




…私…人生初の告白、されちゃったんだよね…




「………~っ」



声にならない声をあげて、ギュッと枕に抱き着いた。



なんか、私にもようやく春が来た「おい」



突然ドアが開いて現れたのは天王子。


しかも勝手にズカズカ侵入してきた。慌てて身を起こす。



「ちょっとノックくらいしてよ!?」



「………」



そんな私を、腕組をした天王子が不機嫌そうに見下ろした。




「…何なの突然!?なにか用事があるなら…」


「今日どうだったんだよ」


「は?」


「あいつと二人で行ったんだろ、カフェ」



…あぁ、そういえば天王子もなぜか行きたがってたもんね。



「美味しかったよ」


「…っ、そういうことじゃなくて」




ガシガシ、イラついたように頭をかく天王子。




「あいつと何話したんだよ!?」


「何って…」




ポンッと浮かんだのは…やっぱりあの、告白の言葉で。


思い出すとドキドキする。




「……何顔赤くしてんだよ」



天王子の声はとても低かった。








「べっ、別に赤くなんてしてないよ!」


「バカか。お前分かりやすいんだよ」



天王子がグイッとベッドに座ったままの私の腕をつかむ。


そして眉をひそめて私の顔を覗き込んできた。



「…もしかして告白でもされた?」


「……っ!?」



図星!



「…やっぱりな」



何も言っていないのにそう断定した天王子は、乱暴に私の腕から手を離した。



「で?」


「…で?」


「なんて返事したんだよ!?」




…なぜか分かんないけど、今日の天王子はいつもに増してすこぶる機嫌が悪い。



「……そ、そんなの天王子に関係な…」


「お前あいつのこと好きなの?」


「だからそれは」


「俺のことは大っ嫌いなくせに、あいつのことは好きなのか!?」





…もしやこいつ、


こないだ私が言った“大っ嫌い”を根に持っている!?



なんかムカついてきた。


何で私がこんなに、一方的に責めるみたいな口調で。なんにも悪いことしてないのに!




「そりゃぁ好きだよ!あんたに比べたら、大大大好き!」


「…は?お前…」



ピクリと天王子の形の良い眉が動く。



「…ふざけんなよ?」


「ふざけてないよ、本気」


「…じゃぁアイツと付き合うの?」


「そうだね、樹くん優しいし大人だし、きっと付き合ったら幸せにっ、」



グイッと突然腕を引っ張られたと思ったら強く抱き寄せられた。


閉じ込めるみたいに背中に腕がまわる。



いつもよりも乱暴なハグ。




「……それは無理」



ボソリと、耳元で天王子の声がした。



「お前は俺のもんだろ」









余裕のない天王子の声に、ドクッと心臓が跳ねた。


…いや、落ち着け私!


天王子、前に言ってたじゃん。


私のこと、“俺の女アレルギーを直すための道具。つまり所有物”って!



「…私は物じゃない!」


渾身の力で、なんとか天王子の腕の中から逃れた。


もう、天王子には騙されない。ドキドキなんてしないんだから!



…だけど天王子は黙ったまま。じっと私を見つめてる。


すぐに何か言い返してくると思ったのに。



…何で。


何でそんな切なそうな目で見るの…?





「ご飯できたわよ~♡」




その時ガチャリとドアが開いて、お母さんが顔を出した。



無言のまま向かい合う私たちに異様な雰囲気を感じたのか、不思議そうに私たちを見比べる。



「…あら?もしかしてお邪魔だったかしら…?♡」



そして絶対変な方向に勘違いしている。




「いや全然?今日のご飯何?」



私は天王子の横をすり抜けて部屋を出た。



「今日は海老チリよ~♡たまには中華もいいでしょ?玲くんも、中華好き?♡」


「………」



黙ったままの天王子。



「玲くん?」


「…すみません、麻美さん。俺ちょっと急用思い出して、今日は帰ります」


「えっ…」



天王子は軽くお母さんに会釈すると、私とは目を合わせないまま、あっという間に出て行った。



「…玲くんどうかしたのかしら?」


「………さぁ」



…何あいつ。


あいつが何か言い返してこないと、こっちも調子狂うんだけど…。










“あんたに比べたら、大大大好き!”


“きっと付き合ったら幸せに…”





…………くっそイライラする。




無意識に力をこめていたらしい。


ノートに押し付けていたシャーペンの芯がボキリと折れた。





…最近の俺は“らしく”ない。




「じゃぁ天王子。分かるか?」



…は、と気付くと、教壇から数学担当の担任が俺を見ていた。



…やっべ、全く話聞いてなかった…




俺はどうにかいつも通りの笑みを浮かべて、わざとゆっくり席を立つ。




…こんなにボケッとするなんて、俺としたことが。




席を立ちながら、隣の席の教科書をチラ見する。



…問3の(2)、ってとこか。




解答を述べると、担任が満足気に頷いた。




「さすが天王子。正解だ」



だよな。



キャーッと色めきたつ女子に余裕ぶって手を振りながら席に着いた。




…あぁ、ダリー。授業中くらい静かにしてらんねーのかよ。










「玲~♪」



授業が終わると、どこか楽しそうな開人が俺の席にやってきた。



「お前、さっき指されたときボーッとしてただろ」


「…別にしてねーよ」


「嘘だ。解答するまでのスピードがいつもより2.5秒くらい遅かったし♪」


「…数えてんじゃねーよ」



気持ちわりーな。



ニヤニヤしている開人。



…嘘をつくのも、隠すのも、得意な方だ。



だけど開人にはそれが通じたことがない。




周りの女子が遠巻きに俺たちを見つめている。




暗黙の了解なのか、俺と開人が話しているときは女子たちは近づいてこようとしない。




「最近ずっと玲そんな感じだよな」


「何がだよ」


「ボーッとしてるっていうか、ボケッとしてるっていうか、アホ丸出しっていうか」


「殺すぞ」



ちなみに全ての会話を俺はいつも通りの完璧な笑顔で行っている。



…だけど。




「玲ーっ!」




俺を呼ぶ高い声に、頬がひきつるのを感じる。




…この声の前でだけは、うまく笑顔が作れない。









「お姫様のお呼びだぜ?」



わざとらしくそう言う開人を殴りたい。




最近、何の前触れもなく突然転入してきた妃芽。



…中学の同級生で、一応俺の…元カノだ。ちなみに決していい別れ方はしていない。



…一体なんで、急に…




「妃芽もめげないよなぁ、休み時間の度、玲のとこ通ってさ」



感心したような口ぶりの開人。



「よっぽど好きなんだね、玲のこと♪」


「……ぶっ飛ばすぞ開人」



思ったよりも低い声が出た。眉根がギュッと寄るのが分かる。



「俺と妃芽のこと…お前が一番よく知ってんだろ」


「知ってるよ?だから頼んだんだよ、妃芽に。玲ともう一度会ってほしいって」


「……は?」




…頼んだ?妃芽に?



「…開人、お前…」


「あ、転校しろとは言ってないよさすがに。そこは妃芽の独断…」


「ふざけんなよ!?」




グイッと胸倉をつかんで引き寄せた。



だけど相変わらずニヤけたままの開人。




「ふざけてないよ。いたってマジメ」


「面白がってんじゃねーよ」


「面白がってないよ、むしろ」



スッと開人の顔から笑みが消えた。



「イラついてんだけど?」









いつもの緩さが全く消えた開人に一瞬、動揺した。



「…は?」


「なんつーかもう見飽きたんだよね、その嘘くさい笑顔」


「お前…」


「いい加減向き合えよ玲。逃げんな」



逃げる…?俺が?




「……チッ」



乱暴に開人の胸倉から手を離した。


どうしようもなくイライラして、教室の出入り口に向かって歩く。


俺に注がれるクラス中の好奇の視線。…当たり前だ、俺と開人が喧嘩すんのなんて初めてのことで。



「玲っ!」



教室を出た瞬間、すかさず妃芽が駆け寄ってきた。



「何かあったの…?」



心配そうな妃芽。


その少し下がったところで、気まずそうに立っているのは、村田。



妃芽はなぜか村田になついてるらしく、よく二人で俺の教室までやってくる。



何でよりによって村田なんだよ…。




無視してそのまま歩き出そうとすると、「待って!」とシャツの裾をつかまれた。




「これあげる」



俺に押し付けるように渡されたビニール袋。



「買ってきたの購買で。玲、パン好きでしょ?中学のときも、給食がパンの時はテンションあがってたし…」



…いつの話だよ。



中身を見ると、妃芽の言う通りパンが入っていた。



焼きそばパンにメロンパンと…チョココロネ。







「…足りなかった?」



黙ったままの俺を、心配そうに窺う妃芽。



俺はビニール袋の中からチョココロネを取りだして、妃芽に渡した。



「…玲?」


「好きだろ」


「…え…」



チョココロネは妃芽の大好物。

中学の時から、チョココロネばっかり食ってた。



「…ありがとう…!」



妃芽が満面の笑みでチョココロネを受け取る。


…久しぶりに見た。


妃芽の、笑顔。




「…じゃ」



妃芽に背を向けて歩き始めた。




…逃げてるわけじゃない。


逃げてねーよ。




ただ…





思い出したくない、だけだ。











―――びっくりした。



私は今目の前で起きた光景に戸惑いが隠せなかった。



「好きだろ」って、天王子、妃芽ちゃんに…。



「玲、わたしがチョココロネ好きなの、覚えててくれたんだ」



嬉しそうにはにかむ妃芽ちゃんはとても可愛い。



「優しいでしょ、玲」



優しい…?天王子が?



大切そうにチョココロネを胸に抱いた妃芽ちゃんと並んで歩き出す。




“優しさ”と“天王子玲”は、かけ離れたところにいると思う。

いつも自己中で俺様で、優しかったことなんて一度も…




“俺がずっと傍にいてやるから”




…いや、あの嵐の夜は、あの時だけは



…違ったかも。