「開人ー?誰この女」
妃芽ちゃんをじっとり睨む水川ガールズ。
「あぁ、昔からの友達。悪いんだけど先教室戻っててくれる?」
「もうっ、何人女作ったら気が済むわけー?」
水川ガールズは文句を言いながらも、大人しくA組の教室へ入っていった。
ヒラヒラとガールズたちに手を振りお見送りする水川…の視線が、私で止まった。
「…って、わ~、一花ちゃんじゃん!」
気付くの遅!
「開人とも仲良いんだね、村田さん」
妃芽ちゃんが少し驚いたように言う。
「いや…仲良いっていうか「仲良いっていうか俺の期待の新星なんだよね♡一花ちゃんは♡」
ゆるりと笑って肩を抱き寄せてきたので、慌ててそれを押し戻した。
「ちょっと、何わけわかんないこと言って…」
「あれ?前言ったでしょ?俺は一花ちゃんに賭けてるって。
玲の女アレルギーだって一花ちゃんにだけはなぜか発動しないみたいだし♡」
ゆるゆると笑う水川とは対照的に、妃芽ちゃんの顔が固まった。
「え…開人、それって」
「で?二人は何で一緒に?」
妃芽ちゃんの言葉を遮って、私と妃芽ちゃんを見比べる水川。
「……私、どうしても玲と話したくて。村田さん、玲と仲良しみたいだったからついてきてもらったの。玲、私が呼んでも来てくれないかもしれないし…」
「なるほどっ、オッケー♡」
水川はグッと親指を突き立てると
「玲~!お客さ~ん!!」
大声で天王子を呼んだ。
「ちょっ…声大きいよ!」
「え?なんかいけない?」
「いけないっていうか、もっとコッソリ…」
「……何か用かな?村田さん」
いつの間に。
天王子が、不気味なまでに完璧な笑顔をたたえて、私を見下ろしていた。
「て、天王子」
「…昨日俺に“大っ嫌い”とか言ったよな?」
完璧な笑顔のまま、私だけに聞こえる低い声で言う天王子。
「そのくせに俺を呼び出すとか、お前何様…「玲っ!」
天王子を遮って、妃芽ちゃんが天王子の前に飛び出した。
ス、と天王子から猫かぶり笑顔が消える。
「…妃芽」
「私が村田さんに玲を呼んで欲しいってお願いしたの。私、どうしても玲とちゃんと話したくて…」
「…今更だろ」
天王子の口角が不自然に歪む。
「今更何話すっていうんだよ」
そしてフイッと妃芽ちゃんから視線を逸らすと、私たちに背を向け歩いていった。
「待って…玲っ…!」
その後を追う妃芽ちゃん。
天王子の背中が、妃芽ちゃんを拒絶してる。
いや…早足で余裕なく歩いていく天王子は、なんだか逃げているようにも見えた。
学校では常に猫かぶり愛され笑顔の天王子。
そんな天王子の鉄の仮面が、一瞬で剥がれた。
「…水川」
ん?と笑顔で二人の背中を見送っていた水川が、私を振り向く。
「天王子と妃芽ちゃんって、どういう関係なの…?」
「あー、元カノだよ」
サラッと言う水川に拍子抜けした。
「は…元カノ!?妃芽ちゃんが天王子の!?」
「そー。中3の時ね。半年くらい付き合ってたかな」
何でもないことのように言う水川。
あんな可愛いくていい子っぽい子が天王子の元カノ…!?
ていうか、天王子って女アレルギーなんじゃ…!
「?」をたくさん飛ばす私の様子がおかしかったのか、プッと水川が吹き出した。
「一花ちゃん、いつもに増して面白い顔♡」
おい、いつもに増してってどういう意味だ。
いや、でも今はそんなこと突っ込んでいる余裕はない。
「妃芽ちゃん、天王子に会いたくて転入してきたって言ってたけど…」
「ねー、俺もびっくりしたよ~」
いつも通り間延びした声の水川は、全然びっくりしているようには見えない。
「玲に会ってくれってラインしたのは俺なんだけどね。まさか転入してくるとは思わなかったなぁ~」
「え…何で水川がそんなこと?」
「だってアイツがいつまでもグダグダしてるから。死ぬほどイライラするんだよね、ほんと殺したくなるくらい」
…殺したくなるって…
ギョッとして水川を見たけど、水川はいつもの緩い笑顔だった。
「大事な友達だから、傷口に塩塗りたくってやんの」
知らなかった。
水川ってドSだったんだ…。
“傷口に塩塗りたくってやんの”
帰りのSHRを終えて、昇降口でローファーに履き替えながら今日の水川の発言を思い出していた。
あんなに人畜無害そうな無邪気な笑顔振りまいてるくせに。
やっぱりあの人ってよく分かんない…。
それにしても、まさか妃芽ちゃんが天王子の元カノだったなんて。
水川が途中で女子に呼ばれたせいで聞けなかったけど、何で別れたんだろ。
天王子、女アレルギーなのに、妃芽ちゃんは大丈夫だったのかな?
「一花ちゃん!」
そっか、天王子の女アレルギーが発動しないのって私だけじゃ……ん?
自分の名前が呼ばれたような気がして顔を上げると、校門のすぐ傍に樹くんが立っていた。
…え?何で…
「樹くん!?何でここに?」
駆け寄ると、樹くんが少し気まずそうにメガネを押し上げた。
制服姿の樹くん。私が見たことのない学校の制服だ。濃い緑の、落ち着いた色合いのブレザーが樹くんによく似合ってる。
「ちょっと用事でこの辺り来て、そういえば開人と一花ちゃん通ってる学校も近所だなって。…ラインしたんだけど、見てない?」
「…ごめん、全然スマホ見てなかった」
「いや、それは全然いいんだけど。ごめん、なんか待ち伏せみたいなことして。…一花ちゃんに、会いたくてさ。この間のデートすごく楽しかったから」
「それは私も楽しかっ…」
…ん?
デート!?
「…一花ちゃん?」
固まった私の顔を、樹くんが覗き込む。
「どうかした?」
「…や、えっと」
そりゃ樹くんから誘われたとき、デートじゃん!って私も一瞬思ったけど。
樹くんもデートのつもりで誘ってた、ってこと?
「…俺なんかマズいこと言った?」
自覚ないのか。
きっと樹くんにとってそんなに深い意味を持つ言葉じゃないってことだよね。
「ううん、何でもない!水川呼んでこよっか?たぶんまだ教室とかに…」
「いや!」
「ん?」
珍しく樹くんが大きな声を出した。
また気まずそうにメガネを押し上げる樹くん。…癖なのかなぁ。
「開人は…大丈夫」
「そう?」
「うん。それよりも、一花ちゃんこの後予定ある?」
「この後?別にないけど」
「じゃ…カフェでも行かない?」
「カフェ?いいよ」
樹くんお茶したい気分なのかなぁ。
「え?ほんと?」
なぜか念押しするように確認してくる樹くん。
「うん」
頷いた。
だって樹くんは友達だし。
「…ありがとう」
樹くんが嬉しそうに微笑む。
自然と並んで歩き出した。
「どこにしよっか」
「そうだなぁ、駅前にたしか…っわ!」
グイッ!と後ろに強く引っ張られた腕。
振り向くと、息をきらした天王子が私を睨みつけるようにして立っていた。
「天王子…?どうしたの?」
そんなに慌てて。…そんなに険しい顔して、怖いんだけど。
チッという小さな舌打ちが聞こえたような気がした。
だけど次の瞬間にはもう、天王子は品の良い猫かぶり笑顔で。
「村田さん。この後予定ある?」
そう聞いてきた。
「はぁ?何でそんなこと」
「いいから」
穏やかな笑みとは裏腹に、天王子の私の腕をつかむ手に力がこもる。
離そうとしたけど、ガッチリつかまれていて離れない。
「…今から樹くんとカフェだけど」
「……へぇ」
天王子が笑顔のまま私から樹くんに視線をうつした。
小さく会釈する樹くん。天王子もそれに応えると、また私に視線をうつして
「俺も行っていい?」
そう聞いてきた。
「…え、何で?」
「俺も、ちょうどカフェ行きたいなと思ってたんだよね」
「あんたとカフェ行ってくれる女子なんて死ぬほどいるでしょ?」
「はは、そんなことないよ」
わざとらしく謙遜する天王子。
「ね?いいでしょ?一花」
「……ん?」
ちょっ、今呼び捨て…!?
「悪いけど」
少し後ろにいた樹くんが、私の隣に並んだ。
「遠慮してくれる?デートだからさ」
「…デート?」
私の腕からようやく手を離した天王子が、対峙するように樹くんに向き合う。笑顔のまま。
「なに、二人ってそういう関係?付き合ってるの?」
「付き合ってないよ」
「だったら…」
「でも、俺はそうなれればいいなと思ってるから」
ピクリと、天王子の口角がひくついた。
「……へぇー…」
「君…天王子くんも、そうなの?」
「は?」
「一花ちゃんのことが好きなの?」
「ちょっと、樹くん何言って…」
なんだか有り得ないことを言っている樹くんを止めようとして、ふと感じた違和感。
…今、樹くん天王子くん“も”って…
「…そんなわけないよ」
天王子がひきつった笑顔で答える。
樹くんがパシッと私の手を取った。
下を見ると、私の右手が樹くんの左手にしっかり握られている。
えっ…
これ、なななな何事…!?
「…おい「玲ーっ!」
天王子が何か言いかけたのを遮るように、校門から駆け寄ってくるのは、妃芽ちゃん。
「玲っ、探したよー!急にどっか走って行っちゃうから…!」
天王子の隣に並んで、ウルウル潤んだ大きな瞳で見上げる妃芽ちゃん。
天王子が気まずそうに顔を逸らした。
「…じゃ、俺たちは行くね」
樹くんが私の右手を握ったまま歩き出す。
必然的に、私もそれを追いかけるようにして歩き出す。
…何で手、繋いでるんだろう…!?
後ろを振り向くと、その場に立ち尽くしたままの天王子と、一生懸命そんな天王子に話しかけている妃芽ちゃんの姿。
「一花ちゃん」
樹くんが歩みを止めないまま、私の名前を呼んだ。
「…ん?」
樹くんを見上げてみたけど、樹くんは前を向いたまま。
「天王子くんが一緒の方がよかった?」
「え…別に、そんなことないよ?」
「そっか」
ホッ、としたように息を吐いて、また黙って歩き続ける樹くん。
……この繋がれた手の意味を…
聞いても、いいのかな。
…えっと。こういう時、一体なんて聞いたら…自意識過剰っぽくなるのは嫌だし…
「…あの、樹くん」
「ん?」
「樹くんて…あの…何て言うか…
わたっ…私のことが好きなの!?」
「…え?」
パタッと足を止めた樹くんが、メガネの奥の目を大きく見開いて私を見る。
……まっ、間違えたー!!
樹くんすごく驚いてるし…!これは絶対違うやつだよね、思いもよらないことを言われて驚いてる顔だ!
わーっ恥ずかしすぎる…!一体どこまで自意識過剰なの私…!?
「や、あの…!ごめん間違えた!今のは忘れて「好きだよ」
「………え」
樹くんの痛いくらい真剣な瞳が真っすぐに私を射抜く。
「一緒にいると楽しくて、優しくて正義感が強くて…できればずっと一緒にいたいと思ってる。俺と、付き合ってください」
「…………えぇ!?」
私のことを…好き!?付き合ってほしい!?
「そ、それは、人間として好きとかそういう…」
「違うよ」
「付き合ってっていうのは買い物とか映画とかそういう…」
「違うよ」
樹くんが一歩、距離を詰める。
握られている手が熱い。
…一体、どっちの温度なんだろ。
「一花ちゃんに、俺の彼女になってほしい」
真っ直ぐな言葉がそのまま心臓に刺さる。
ドク、と体に響いた。
「…え…えっと…その…」
村田一花、17才。
彼氏いない歴=年齢。
告白したこともなければされたこともない。
恋愛の仕方なんて、学校で教わってきてません!