「………」
「…………」
「……………」
「………………」
「…………何か言えよ!!」
沈黙に痺れを切らしたらしい玲が吠えた。
何か言えよって言われても、ねぇ。
「……玲………かわいすぎっ…ブフッ…」
「殺すぞ」
「いや違うから!俺はこう見えて今めちゃくちゃ感動してんだよ!」
「笑いすぎて涙目になりながら言うんじゃねーよ!!」
ブチ切れている玲。
顔が真っ赤だ。
ふーん、でもそっか、玲がはじめて本気で触れたいと思った女の子…か。
これはやっぱり、俺の目に狂いはなかったな。
「なぁ玲。お前、一花ちゃんのこと好きだろ」
「………は?」
俺の言葉に、玲が実に不可解そうな声をあげた。
「何言ってんだよ開人。そんなわけねーだろ」
「だって触れたいって思ったんだろ?それってつまり欲情したってことじゃん?
好きな女の子に触れたいって思うのは当然のことでしょ」
「お前……よ、欲情とかよく真顔で言えるよな…」
俺にはよく分からないポイントでうろたえているピュアピュアボーイ。
「とにかく好きなんだったら早く告白するなり押し倒すなり♪」
「バカじゃねーの。だからそんなんじゃねーって。ありえねー」
俺の言葉をバッサリ切り捨てて、玲が気怠そうなため息をつく。
「何でそうやって決めつけんだよ」
「決めたからだよ。言っただろ?俺はもう恋愛はしねぇって」
「…だから何でそうなるんだよ。いつまで引きずってるつもりだよ、ヒメちゃんのこと―――」
「開人」
玲が俺に背を向けた状態で立ち上がる。
その表情は見えないけど、
「…今度ヒメの名前出したらぶっ飛ばすぞ」
酷く冷えた声をしていた。
そのまま俺を見ることなく玲は屋上を出ていった。
「…はぁ」
ひとり取り残された屋上で、俺は飲みかけのいちごミルクのパックを置いて、ゴロンと仰向けに寝転がる。
曇り空。
さっきまで晴れてたはずなのに、重苦しい空だ。
…玲、完全にキレてたな。
バッカじゃねーの。
やっぱ思いっきり引きずってんじゃん。
玲は自分でも分かってないようだけど、少なからず一花ちゃんに惹かれてる。
でもあいつの心は過去に縛られてガチガチだ。
ちょっとやそっとじゃ治せない傷。
だったら―――荒療治しかねーだろ。
俺はポケットに入っていたスマホを取り出し、ラインの友達一覧をスクロールする。
【春野 妃芽】
その名前を画面に表示させて、トークボタンをタップした。
「んー、授業はやく終わってラッキー♪ね、自販機寄ってってもいい?」
「いいよー」
隣でそうご機嫌に言うみのりに頷いた。
3時間目は音楽の授業だったのだが、先生が出張に行かなければいけないらしく少し早めに終わった。
二階の音楽室から、一階にある自販機に向かうため階段を下りグラウンド沿いの廊下を歩く。
グラウンドでは体育の授業でサッカーをしているらしかった。
男子がゲームをするコートに群がる女子たち。飛び交う黄色い歓声。
単なる体育の授業とは思えないほどの熱量。
…もしかして。
「うそっ!?プリンスのクラスじゃん!ラッキー!」
明るい声をあげたみのりが、開け放された窓に近づいた。
仕方なく私もみのりの隣に並ぶ。喉が渇いたから早く自販機行きたいんだけどなぁ。
「うわっ…やばい!超絶かっこよすぎ…!!」
みのりがとろりと頰を緩めてうっとりとした表情を浮かべる。
その視線の先ではプリンスが、女子の歓声を一身に浴びながらドリブルをしているところだった。
微かに微笑みなんて浮かべちゃって、余裕そうな表情で次々と敵をかわしてく。
…こないだ教室から見たときも思ったけど。
やっぱりサッカーうまいなぁ。サッカー部でもないのに…もしかして昔やってたとか?
「ねっ、プリンス超っかっこいいよね!?」
「うん…」
あ。
隣を見ると、みのりがニヤニヤ怪しげな笑みを浮かべていた。
「ついに一花も認めたかぁ。今までは興味なさそうだったクセにぃ~」
「べっ…別に、元からイケメンだとは認めてたじゃん」
性格は最悪だけどね!
「え~?そうだっけ?」
「いいからもう行こうよ」
「やだ、もうちょっと~」
…しまった。つい頷いてしまった。
でも本当に。その性格はともかくとして。
…かっこいいな…
「いけ~玲!」
そう声をあげたのは水川だ。どうやら天王子と同じチームらしい。
ゴール前。
ディフェンスを鮮やかにかわし、シュートの体勢に入った天王子とバチッと視線がぶつかった。
天王子の表情が固まる。
“あ”の形に口が開いた。
そのときディフェンスがすかさずボールを奪おうとしてきて、少し体勢を崩した天王子の右足からシュートが放たれた。
大きく弧を描いたボールは、勢いよくクロスバーに当たりそのままあさっての方へ飛んでいく。
「あ~っ…」
女子のギャラリーから漏れる落胆の声。
「惜しかったね~」
「ていうか珍しくない!?プリンスがシュート外すなんて」
「ね!いつも百発百中なのに」
…ふ~ん。そんなにすごいんだ。じゃぁ逆に今は貴重な瞬間だったってこと?
ドンマ~イ!!という女子の大声援を受け、プリンスが「ありがとう」と上品な笑みで手を振っている。
さっき一瞬目があった気がしたけど…
気のせい、かな。
「ほらもう行こ。自販機行く時間なくなる」
「え~もうちょっとぉ~」
グズるみのりを引っ張って窓から離れた。
“俺がずっと傍にいてやるから”
…やだな。
なんか天王子を見ると、この間の夜のことを思い出しちゃう。
柄にもなくちょっと…ちょ~っと、優しかったから。
……天王子のくせに。
帰りのSHRも終わり、部活に行くというみのりと別れて昇降口に向かった。
みのりは調理部に入っている。といっても活動は月に一回あるかないからしいけど。
上履きからローファーに履き替えて外に出ると、校門前に長い行列を作っている女子たちが見えた。
放課後恒例。プリンスお見送りの行列だ。ほんと、毎日ご苦労なことで…
ブー、とポケットに入れていたスマホが震えた。
取り出して開くと、樹くんからライン。
【今度、よかったら二人で遊びにいかない?】
…樹くんとはなんだかんだでずっと連絡を取っていたけど。
何これ…二人でってことは…もしかして…
突然のデートの誘「おいっ!!」
グイッと乱暴に引っ張られた腕。グルンと反転する視界。
目の前には広い背中。
「誤解すんなよ」
私を校舎の影につれこんだ天王子が、私を睨みつけ低い声を出した。
「…は?」
「は?じゃねーよとぼけんなっ」
とぼけるも何も、わけが分からない。突然現れて、突然こんなところに引っ張り込まれて。
なんか怒ってるみたいだし。
「お前…今日の体育見てただろ」
「体育…?」
言われて思い出した。
そういえば今日、天王子の授業してるところ見てたんだった、みのりと。
私に気付いてた…ってことは、やっぱり目があったと思ったのは気のせいじゃなかったのかな。
「それが?」
「違うからな!」
「…はい?」
「あのとき俺がシュート外したのは逆に奇跡っつーか、ミラクルっつーか、たまたまだ、たまたま!」
「…はぁ…?」
何やら焦ったように捲し立てているけど、どうしよう。全く話が見えない。
「あの…天のう「言っとくけど俺は超絶サッカーうまいから!つーかスポーツは何でもできるんだけど?ほんと、顔もよくて頭もよくて運動神経抜群って、神様も罪なことするよな~」
私の話を全く聞こうとはせず、フッ…とアンニュイなため息をつく天王子。
うっとおしい。
何これ、自慢するためにわざわざ私のことつかまえたの?
「…どうでもいいけど早く帰れば?」
「は!?どーでもいいって何だよ!」
「だって女の子たち待ってるし」
ん、と校門を指さす。
校門の前では、女子たちが今か今かとプリンスのご登場を待ちわびていた。
「チッ…めんどくせーな」
それを見た天王子がうざったそうに舌打ちをする。
私に向きなおると、なぜかじっと見つめてきた。
「…え?なに…?」
なんか今日の天王子おかしくない?
「…今日行けねーから」
しばしの沈黙の後。重々しくそう言い放った天王子。
「…どこに?」
「お前んち!行けねーから!撮影!」
あぁ…そういうことか。
って、別にわざわざ言わなくてもいいのに。毎日来てるわけじゃないんだし。
「ふーん、そうなんだ。で?」
「で?って…」
なぜか天王子はワナワナ体を震わせると
「それだけだ!じゃーな!!!」
そう言い放ちクルリと私に背を向けた。
校舎の影から出た天王子にすかさず気付いた女子たちが「キャ~~~ッ!!」と歓声をあげる。
それに笑顔で応える天王子。
さっき「めんどくせーな」って舌打ちしてたのが嘘みたい。ほんと猫かぶり。二重人格。裏表男。
…それにしてもあいつ。
一体何が言いたかったんだろう…?