私の学校には“プリンス”がいる。
「っきゃぁぁぁぁぁ!プリンス今日も超っ…かっこいい〜っ!!!」
「こっち向いて〜っ!!!」
「てゆーか付き合ってぇぇぇ〜っ!!!」
まるでアイドルのコンサートさながらの盛り上がりを見せる朝の校門前。
そんな女子の大群の真ん中を、颯爽と歩く一人の男。
スラッと高い身長に長い足。
柔く染められた茶髪にバカみたいに小さな顔。
マツエクしてますか?と聞きたいくらいの長い睫毛に、どこか色気を感じさせる切れ長の瞳。
ふと、彼が足を止めた。
自分に黄色い歓声を飛ばす彼女たちを見渡して、一言。完璧な微笑みつきで。
「おはよう。今日もみんな可愛いね」
ギャァァァァァァ〜!!
地響きのような悲鳴が木霊した。う、うるさい。近所迷惑じゃないのコレ。
完璧な容姿に完璧な立ち振る舞い。
彼は一見、“プリンス”と呼ばれるのにとても相応しい男だ。そう、一見、ね…。
二階の教室からその騒ぎを傍観していた私のブレザーのポケットが震える。
スマホを取り出すと一通のLINE。
“ブスな顔してこっち見てんじゃねぇぞブス”
…階下にいるお上品なプリンスからはとても想像し難い粗暴なお言葉。
“ほんと、裏表ありすぎて笑える”
送信。
奴のブレザーのポケットが、今度は震える番だろう。
……時を遡ること、一週間前。
「おっっはよ〜!一花!」
そうだ、その日のみのりは、いつもに増してハイテンションだった。
「おはよー、みのり。なんかご機嫌だね」
「うん!朝一でコンビニでゲットしてきたからね!これ!」
じゃーん!と得意気にカバンから取り出した一冊の雑誌。
女子高生に大人気のバイブル的雑誌だ。
愛らしいモデルがぐっとくるような笑みを浮かべているページを次々に飛ばし、目当てのページにいきついたらしいみのりは、ホレ!とそれを突きつけてきた。
「見て!今回はすごいんだから!!Reiの特集ページ!」
「…へぇ〜…」
クラスメイトで親友でもある赤江みのりも、“プリンス”の大ファンである一人だ。
「テンション低っ!!言っとくけど専属モデルじゃないのにこの扱い、超絶異例なんだからねっ!?」
そう私に言い放つと、みのりは食い入るようにそのページを読み込み始めた。
うわ〜…数学の授業中の一億倍くらいの集中力だ。
「はぁ〜…でも、ほんと夢みたいだよねぇ。こんな雑誌に載ってるような、こんなイケメンが、私たちと同じ学校なんてさぁ…」
そう夢見がちに言うみのりのセリフを聞くのは、たぶん137回目くらいだ。
女子中高生から圧倒的人気を誇るモデルのRei。
その素顔はここ朝倉学園に通う高校2年生。
本名、天王子玲。通称“プリンス”。
容姿端麗
品行方正
成績優秀
運動神経抜群
何をやっても完璧で、先生からの信頼も厚いその彼は、もちろん全校女子からモッッッテモテ。
登校時にはお迎えの行列ができ、下校時にもまたお見送りの長い行列ができる。
学校非公認のファンクラブなるものも存在し、メンバーは軽く50人を超えるとか。
誰にでも優しく、
誰からも愛され、
常に笑顔を絶やさない。
完全無欠。
そんな言葉がよく似合う。
「っていうかほんっと不思議なんだけど。何で一花はそんなにプリンスに興味ないわけ?」
申し訳程度に雑誌を覗き込んでいた私に、一通り雑誌を熟読したらしいみのりが顔を上げて言った。
…このセリフを言われるのも、かれこれ216回目くらいだ。
「何でって…別に普通にイケメンだとは思うけど」
「けど?」
「…なんか完璧すぎて胡散臭くない?」
ハッと目を見開いたみのりが、キョロキョロと辺りを見渡すと、シッ!と人差し指を立て顔をしかめた。
「なんってこと言うの一花!そんなのファンクラブの奴等に聞かれたら殺されるよ!?反逆罪だよ!?」
「は、反逆罪って…」
プリンスもファンクラブも一体何者だよ!!
半年ほど前の高1の秋、私はここ朝倉学園に父の仕事の都合で転入してきた。
はじめはすごく驚いた。やべぇところに来ちまったと思った。
だってみんな口を開けばプリンスプリンス、プリンスが廊下を歩けば悲鳴、笑えば悲鳴、欠伸をすれば(超レアらしい)地響きのような悲鳴の嵐。
なんでも裏ではプリンスの盗撮写真が高値で取り引きされているとか、いないとか。
とにかく、プリンス一色に染まった学園、クラスメイト達に全く馴染める気がしなかった。
でもそんな時、みのりが話しかけてくれて。
『なんかあなた変わってるね。プリンスになんて興味ないって顔して』
『…みんなが異常なんじゃない?』
『うわ!正直だねー。面白いじゃん』
ニコッと人懐こく笑ったみのりの笑顔は今でも忘れない。
『友達になろうよ!』
そんなわけで、私とみのりは親友になった。
神への祈りが通じたのか、2年生でも同じクラス。
みのりも例に漏れずプリンス信者だったけど、プリンスに興味のない私を否定することはしなかった。
まぁ、かなり不思議そうな目では見てくるけどね…。
「あーあ、ほんっと、プリンスの彼女になれる人は幸せだよなぁ…」
雑誌の中で微笑むプリンスを人差し指でなぞりながら、みのりがしみじみとそう言った。
「プリンスって今彼女いないの?」
「いないみたいよー。それこそ何百人も告ってるらしいけど全員断られてるみたい」
何百人って…。
ドン引きしている私に気付くことなく、みのりが続ける。
「まぁこの学園でプリンスに告白する勇者なんてもういないと思うけどねー」
「え?何で?」
「だってなんていうか、プリンスはもう、みんなのプリンス?みたいな?観賞用っていうか、芸能人?この学園の象徴的存在?」
象徴的存在って…天皇陛下じゃあるまいし。
「それに」
不意に真剣な顔になったみのりが、眉をひそめた。
「もしこの学園内に彼女なんて出来ちゃったらファンクラブが黙っちゃいないでしょ」
「黙っちゃいないって…」
「前にプリンスの隣の席になった女子は、ファンクラブに嫌がらせされて退学まで追い込まれたらしいよ」
「な…」
何だそりゃっ!隣の席になっただけで退学って…!
またもやドン引きする私。
やっぱり異常だ、この学園…。
「まぁファンクラブの奴らの気持ちも分からなくないけどねー」
うげぇ、と思い切り顔をしかめる私に苦笑いするみのり。
「私だってアイドルとか超金持ちのお嬢とかならともかく、フツーの一般人が彼女になんてなっちゃったら…許せないもんなぁ」
みのりが雑誌を閉じて、ギュウ…と雑誌の表紙を握りしめる。
握り潰され、クシャクシャになった表紙のモデルを見て、ゾクリと背中を冷たいものが走った。
「その彼女、こんな風にしちゃうかもしれない♡」
やっぱりこの子も怖いわー!!!
だけど、所詮プリンスなんて私には遠い遠い存在。
どうやらクラスは隣らしいけど、実際の距離はそれより遠い。
私みたいな平凡女とは縁のない雲の上のお方―――そう思っていた。
そう、その時までは。