優輝は「やっぱりか」とこぼしつつ溜め息をつき、それでも観念せずに反抗した。

「名前なんて教えてあるんだろ、どうせ」

 既に「例の男」呼ばわりされたからには、何も聞かされていなかった優輝と違い、女には話が通っている筈だ。が――

「名前は教えてねぇし」

 山岸の含み笑いが、更に優輝を苛立たせる。
 彼は過去何度も立たされてきたこの場が嫌だった。人受けを良くする為であろう、作られた笑顔や性格と話すことが苦痛だった。
 今そこに居る女には、無意味な笑顔や取って付けたようなキャラなどは無いが、優輝にはこのような場にのこのこ現れる人間など下らない奴だという固定観念がある。


「お名前、聞いてもいいですか?」

 女からの問いかけに、優輝は仏頂面を直さないまま顔を向け――


「ナツメ」


 ぶっきらぼうに答えると、女は大きな目をもう少し大きく開いて、驚いたような表情を作っていた。

「あ……」

 そんな八つ当たりの如き接し方をされる覚えは女には無くて当然だろう。優輝は反省し、心を落ち着かせた。

「ナツメユウキ、です。君は?」

 ただこの場だけ事務的に遣り過ごそうと、優輝は開き直った。帰る頃にはいつも通り、何も残っていない……そう考えている。

 少しの間を置いて、女は――

「ユウキナツメ……です」


 結城棗は上品に微笑みながら自己紹介した。