ーーー鈴の音と柏手を打つ音が聞こえる。

ここは、何処なんだろう。
何かを頭に被っているようで視界が頗る悪い。

正面には誰かが座っている。

(…男…性?)

濃藍色の着物に紺瑠璃の羽織りを着た、鬼のーーー

「諸々の禍事罪穢れをーーー」

何かを唱え始めた時、眩い光が私たちを包んだ。

瞬間、男が愛おしそうにこちらを見る顔が見えた気がした。


ハッと目を覚ますと見慣れた天井が見えた。紛れもなく、自分の部屋。

あれは夢だったのか。

あのまま夢が覚めなければ良かったのに、あのまま夢の中で一生を過ごす事が出来れば良かったのに、と思いながら溜息と共に肩を落とした。

「また、“今日”を過ごさなきゃいけないんだ…」

重い体を起こし布団を畳む。
襖を開けて床に置かれた朝食を眺めた。

私も皆んなと変わらない明るい家庭で育つはずだった。

朝起きて「おはよう」を言って家族で食卓を囲んで「行ってきます」を言うの。
帰ってきたら「ただいま」を言って家族で美味しい夕飯を食べて「おやすみ」を言って寝る。

そんな当たり前な日常が私にも約束されていたはずだった。

(……はずだったのに……)

赤い目で生まれて来なければ私は今頃幸せだったのに、と毎朝必ず思う。

赤い目は呪いの証。

赤い目は鬼の証。

赤い目はーーー



『生まれました!生まれましたよお嬢様!女の子ですよ!』

『ああ、何て可愛らしいのでしょう。私の愛おしい赤ちゃん…』

16年前、母は私を産んだ。

東雲家は代々継承が母系血統から成り継承順位は女性が優位になる為、女の子が生まれると大層喜ばれ、愛でられて育つそうだ。

だけど、喜ばれたのは最初だけで、私を見た途端生まれた事を祝福する者は居なくなった。

『ひっ……この子、瞳が赤いじゃない!』

『お義母さんやめて下さい!それでも私の大切な赤ちゃんなんです…!』

祖母は私を見るなり顔を青ざめて忌み嫌った。

『どうだ?!生まれたのか?!』

『俊介さん!女の子が生まれましたよ。ほら、可愛らしいでしょう?私達の大切な子どもですよ』

『なっ……赤い目だなんて、恐ろしい』

『俊介さん、どちらへ行かれるのですか……待ってください!行かないで…!!』

父は私を見るなり目が赤いと言って恐れ、家から出て行ってしまった。

母を簡単に見捨てた。


『その子を寄越しなさい!こんな子と一緒にいたらあなたの御魂が汚れ、呪われてしまうわ!』

『やめて下さい…!私から赤ちゃんを奪わないでっ…!』

『鬼の子だなんてとんでもない!世間に知られたら東雲家の名が穢れるわ!別棟で過ごさせねば』

母は私を産んだ後、謎の病で亡くなってしまった。これも鬼の呪いなんだと散々騒いだそうだ。

東雲家が鬼を忌み嫌う理由は、数百年前に遡る。

東雲家のとある大旦那が鬼神様を祀る社を壊してでもその土地に自分の屋敷を建てると言って無理矢理自分の物にしたという。

その行動が鬼神様の逆鱗に触れ、東雲家は呪いをかけられたと言う昔話だ。

つまり私達が住むこの屋敷は元々、鬼神様の社が建てられていたという事になる。

鬼神様の目は赤い。

だから目の赤い者は東雲家では呪われた子、鬼の子とされる。

屋敷のみんなが私を嫌う理由はそれだ。

こうして別棟で過ごしてきた私は今日で16になった。

世間に知られない様にと外出が禁止されている為、私はこの敷地から出ることは出来ない。

正に籠の中の鳥。ずっとこの屋敷に縛られている。

この家は地獄だ。

(この家から出られる日なんて来るのかな…)

食事を口に運び咀嚼する。味はしない。当たり前だ。

使用人が毎日食事を作ってくれるものの、それらは全て味がしなかった。当然美味しいわけがない。

この家の誰かが使用人にそうするように指示しているのだと思う。

出るはずもない食欲を奮い立たせ、健康のためだと言い聞かせてお腹を無理矢理満たす。

それも、もう慣れてしまった。16年間もそのような食事を続けていれば慣れてしまうのも当たり前だ。

(あーあ、美味しくないなあ……)

それでも、食事を作ってくれるのは例え赤い目だとしても東雲家の血が流れているわけで、一応家族であると認識されているからなのか。

それとも私が病気にでもなったら鬼神様からのバチが当たるとでも思っているのか。

「ごちそうさまでした」

食器を片付け、着物に着替える。

特にする事も無いのに着物に着替えるのは生活リズムを崩したく無いといった私なりのルールだ。

そんな中、唯一私を癒してくれるものが琴だった。

別棟にポツンと置かれていた琴に触れ、適当に音を奏でていたらいつの間にか弾けるようになっていたのだ。

今日も琴を弾こうか、そう思った時。

「すみれ」

何者かに名前を呼ばれた。

「誰?」

返事は無い。
聞き間違いだったのかも知れないと思った時、また名前を呼ばれた。

今度は声が鮮明だった。

「離れの、庭から…?」

確かに声のする方向は離れの庭からだった。
正直、あそこへは近づきたく無い。

何故なら、離れの庭は不思議と季節問わず真っ赤な彼岸花が咲いているからだ。

彼岸花が咲く時期は9月下旬。
なのに、ずっと咲いている。

だから薄気味悪く感じて私は物心ついた頃からあの庭へは近づかないようにしていた。

行きたくない、でも行かなければいけない気がして、まるで誘われるように私はあの庭へと足を運んだ。