『ああ、死にたい。』そう呟く18時37分

普段から胃腸が弱いので、胃痛というか、消化不良的な鈍痛は勤める前からありました。


しかし、10月に感じた痛みはいつもとは違いましたね。

病院に行っても原因不明でしたが、自覚原因としては会社のストレスですね。


みぞおち辺りが硬くなって、動いていない感覚がありました。

これ以上悪化しなくて良かったです。



吐き気は、意外なんですが、食べた物を吐くことはあまりありませんでした。


胃液といいますか、それが逆流している感じでしたね。


それと、吐くことで何故か安心感が生まれていました。
吐いた直後は、痛みが少しやわらぐので、吐いたら痛みがやわらぐことを学習してしまったんだと思います。



しかし、本来吐き気とは、身体にとって害を成すものを吐き出そうとする働きだそうです。


私にとって、会社やあの人達が害だったのですね。







これらは、自律神経失調症のように、自律神経の乱れによって胃液が過剰に分泌されてしまうのが原因だそうですよ。



因みに、病院で貰った薬も常備の市販薬も気休めにもなりませんでした。
(対症療法みたいな感じでしかなかったので。)


ストレスの原因を取り除かない限り、症状は改善されませんでしたからね。
息苦しいというか、
酸素が吸えていない感覚といいますか、

呼吸が浅くなっていたのでしょうね。




本当に息つく暇もないくらいの仕事量とスピードを求められていたので、息を止めていたんじゃないかという感じでした。



ため息なんてあまりつかなかったんですけどね。


もちろん会社ではありませんよ。

家でもありません。



一人の時にです。



ため息が周りに与える負の影響を身をもって知っているので、決して人前ではため息をつきませんでしたね。


あ、でも行き帰りの道ではついていたかもしれません。(笑)





息苦しいとため息は逆の症状に感じますが、私のイメージは、息をするのを忘れて息苦しく、それに気付いてため息、な感じですかね。



動悸もめまいと同じく座っている時におきる症状でした。


運動していないのに動悸がして。

治まるのを待つ余裕なんて無く、耐えて踏み留まって、次から次へとくる仕事をして。


あの人達から圧力を感じた時も症状がありましたね。
普段から愛想はいい方ではないのですが、ストレスで顔の筋肉が強張っていたんでしょうね。



私が我慢して明るく話していれば、向こうも楽しく返してくれるんじゃないかと、淡い期待を抱いたこともありました。

自分から無理矢理、自分が苦しくなる選択をしてしまっていましたね。



愛想笑いもしますが、恐らくこの会社にいる時は目は笑っていなかったでしょうね。
一応趣味とかは楽しめてはいたんですが、ストレス解消にはなりませんでしたね。



楽しい時間も終わったら、あれやこれややらなくちゃ、仕事溜まっているだろうな、また色々言われるんだろうな、と楽しさよりその後の事ばかり考えてしまって落ち込んで憂鬱になって。


自分で全てなんとかしなければならないし、頼れないから、寝ても覚めても頭の中は仕事のことばかり、溜まっている仕事が気になって落ち着かなくて。



普段ならある程度解消するんですけど、会社に勤めている間は全くと言っていい程解消されず、むしろ積み重なっていきましたね。



休日前とかは、明日から休みだ!という解放感ではなく、今日の分が終わっていない、休み明けはもっと頑張らなくちゃ!と常に緊張が続いている感じになっていたんですよね。
決して寛容になったわけではなく。

会社でストレスを受けすぎて、あの人達よりはマシだ。というのが先にきてしまう為でした。


口数も減りましたね。

会社で否定する為に私に何回も話させるので、プライベートでは話すのも億劫になってしまって。


燃え尽き症候群のような。


仕事が主体になってしまって、まるで無いように振る舞ってしまって、本来感じているであろう自分の感情が分からなくなっていましたね。
私は元々、人と話すのが得意ではありません。


しかし、コミュニケーションは問題無く出来ていました。
(得意な人からするとコミュ障気味かもしれませんが、前職までは仕事上、プライベートも含めて全く問題ありませんでした。)



しかししかし。


この会社に勤めてからというもの、会話が成り立ちませんでした。


私の言動は全否定なので、そりゃ成り立ちませんよね。



話しかける時も、話しかけようとすることに詰まり。


やっと一言話しかけられたと思ったら急かされるので、早く話そうとして詰まり。


でも全否定で、何回も聞き直しても全否定で、回数を重ねるごとに、掠れて、詰まり。



最後には声が出にくいっていうよりも、言葉が浮かばなくなっていましたね。
(その間にも、何が言いたいのか分からない、伝わらない、理解出来るように話すことさえできないの。などと否定は続きます。)






因みに、喉の違和感、喉がつかえる症状は、咽喉頭異常感症という病名があるようで、原因不明(他の病気と関連性が無い)の場合、ストレス発散が苦手で我慢強い人一倍の頑張り屋、女性に多いそうです。


自律神経のバランスが崩れて食道付近の筋肉が過剰に収縮して締め付けられてしまうのが、原因だそうです。
元々服装にはさほどこだわりはありません。


電車通勤になるのをキッカケに少しずつ揃えていっていたのですが、社会人になるまではオフィスカジュアルも知らなかった無頓着者でした。



そんな私なので、シンプルイズベストといいますか。


けれど、体調や気温などを考慮して服装を選んでいたのですが。



いつからか、どうでもよくなりました。


不衛生というわけではないんですが、決まったコーデを着回して。


無頓着だった私でも、一応着回すタイミングとかは気にしていたんですよ。
(誰も気にしないとは思いますがね。)


でも、着れたらいいか。ってな感じで。


自分の服装に対して他人の目なんて、どうでもよくなっていましたね。
20歳を越えたら下降するのは理解しているので、白髪があること自体はいいんですけど。


あからさまに本数が増えていたみたいです。


みたい、というのは、家族が発見したので、自分では確認していないからです。
(確認が難しい後ろ側だったので。)

あぁ〜あるんだ、そうなんだ。ってな感想しかなく、確認するも億劫だったんですけどね。




退職してからは言われなくなったので、ストレスと食欲不振が関係しているんでしょうね。
あの人達にとって都合が良い事柄をそう表現しているに過ぎないんですよね。


そういう認識だから、自分達と違うことをしている人を攻撃したがるんでしょうね。

自分達の価値観が全てだから、違う価値観は否定されているような気がするんでしょうか。


何年も会社で成長し活躍し続けていると豪語するあの人達は、社外では全く通用しないと私は考えます。


何故なら。



世の中の価値観の平均値

あの人達の価値観の平均値


国や時代が違うだけでかなり変わってくるのに、いつまで経っても自分達基準。

上場するのに、改善も整備も疎かにして。

なのに、周りだけが悪いと。


あの人達のように強要するのは駄目だと思いますが、お互いに歩みよらなければならないとは思いますね。


そもそも、十人十色な人間を、全部一緒くたにしてしまうことに無理があるんですよね。


絶対に守らなければならない法律だって改正されるのに。







因みに、私にだって自分基準というのは存在しますよ。

結構明確に。


でも、それを突き通すことは家族にワガママをいう時ぐらいですかね。
(反対に家族のワガママも聞いて、お互い様になりますけどね。)




これらの言葉を他人に投げかけるのは発想や言葉のボキャブラリーが足りない人に多いんだそうですよ。


反面教師にして気を付けなければ。