しかし改めてその時代ワープの視点から彼女を見れば不思議なことが二、三あった。木々の生茂った公園とは云っても樹間からは行き交う車の姿が容易に覗かれ、その騒音もあった。ゴッドファーザーの旋律を一杯に鳴らした族の車両も先程1台通ったし、大きなバスも通ればトラックも通る。にも拘らず彼女に驚く素振りは全くない。第一気付いてさえいないようだ。更に言わずもがな、まだ煌煌と明かりのついた街のネオンやビル群なども全く意に介さないでいる。明治からワープした人ならこれはあり得ないはずだ。してみると彼女の耳目には私とその周辺しか写っていないことになる。わずかに周囲15、6メーターの結界にいるがごとしである。‘プータロー’とは言え最前より私は彼女に温かい缶コーヒーか何かを買って差し上げたくて仕方ないのだが、一旦この結界を出てしまえば彼女が消えていなくなりそうで果たせそうもなかった。今の奇跡を惜しめばこそこの出会いのゆえを探る他はない。
「本郷に帰るには…」と云いかけて私は口を噤んだ。つまらぬこと(だろうか、彼女にとっては切実だが)を云って時間を失いたくなかった、共有をこそ私は改めて願いつつその為のキーワードを口にする。「いや、その…あなたの‘うもれ木’の事です。とても感動しましたが、しかしどうでしょうか、現実にお媟のような女性がいるでしょうか?男性から見れば彼女のような女性は理想的です。又世間の規範からしてもそうでしょう。すれば失礼ですが、あなたは果してその理想の立場からこれをお書きになってはいませんか?あなたが本当に立脚するのもからではなく、です」一葉の眼が変わった。私の感想が意外だったのかあるいは何かしら彼女の心の琴線に触れでもしたのか、文字通り膝を詰める勢いで彼女はこう聞いてきた。