「すみませんね、邦子さん、こんな話をお聞かせして…」改めて邦が恐縮するのに「いや、いいですよ。それより先を聞かせてくださいな。あの綺麗で純なお島ちゃんが、長吉なんかに…ねえ、姉(ねえ)さん」と義憤を禁じ得ないかのように云う。それに「ええ、そうね…しかしまさかそんなことに…今から思えばさもやありなんことでした…それで?その後お島ちゃんはどうなりました?」一葉が改めて聞く。「はい、でも島ちゃんがあたしに云うのには、決して身体は許さなかったそうです」と二人の剣幕を収めるかのようにまず云ったあとで「抵抗して声を上げようとしたら旦那が諦めたと」「まあ、よかった」と邦子。
「それでも長吉が引き下がりますまい。そのあと何か沙汰をしたでしょ」と一葉が勘のいいところを見せる。「ええ、そうなんですよ。姉さん感がいいですねえ」さきほど同様目を丸くして感心したあと邦は「〝おめえみたいな女郎にもなれない女(あま)なんざ、置いとくわけにや行かねえ!おっつけ奉公先を変えてやるから、そう覚悟しとけ!〟って云ったとかで、たいそうな怒りようだったそうです。それでそのあとお蔦婆さんから聞いたところではどうも旦那、お島ちゃんをどこかへ身売りするみたいで…」「身売りって、どこへ?まだそこまでは判らないわけね?」「いいえ、それが横浜だそうです」「え?横浜?」と絶句する一葉。