一葉は話を変えた。「ところで邦さん、あの子、お島ちゃんはどうなさってるの?この頃なかなか表で顔も見ないけど」と聞くのに「そうそう、それですよ。それを少しでも姉さんに伝えたかったんですよ。お島ちゃんもあたしに時々〝一葉さんに会いたい〟なんて云いますしね。いえね、この前の姉さんとの一件以来長吉の旦那がお島ちゃんを店に出さないで、もっぱら厨房仕事に使うようになったんですよ」「まあ、それなら却ってお島ちゃんにはいいんじゃないの?」と一葉。しかし邦はこのあとのっぴきならぬ島の事情を云うのだった。「ええ、そりゃまあ客に絡まれることはなくなったんですけどね、長吉の旦那が…」「長吉がどうなさった」と膝を乗り出し気味に聞くのに「ええ、直接見たわけじゃあないですけどね、みんなが噂するのには…どうもお島ちゃんを手籠めにしたとか」「手籠め?」一葉が気色ばむのに気圧されたように「は、はい。なんでも旦那がお島ちゃんをそろそろ一人前にするとかで、店が引けたあとであの子の居室に夜這いしたとか…」「まあ!」とここで声を上げたのは邦子の方だった。母たきの薫陶を受けてか日頃女給たちとは挨拶程度しかしない邦子だったが、異人風情のあるお島には目が引かれていて、ましてあの一件以来つとに気にはしていたのだった。お邦に関しては姉が今同様に以前に家に連れて来て相談に乗った誼(よし)みで懇意にしていたのである。