「ほほほ、これは〝島つ田〟という名の催馬楽です。夫の帰りを強要する内容だからちょうどいいと思って。なに、あとのことなど気にしなさるな。責任を取ろうとしない男が悪いのです。手紙などどうでも…だって邦さん、懐妊なさってるんでしょう?それならどうにでも相手に責任取らせなきゃね」と云うのに「そうなんですよ。ここ二三ヶ月おりものがなくって。事のあとで始末をしなかったのはあの男の時だけで…あれ、すいません。はしたない話をしてしまって」「いいえ、どうぞ、そのまま続けて」「そうですか?」針仕事を黙々と続ける邦子に恐縮しながら「それと云うのもあの男が私を必ず見受けするって、固く固く約束したもんだから…私もその気になって…所帯道具やら何やら揃え始めましたのに…」と云ってわずかに涙ぐむ。一葉は邦の膝に手を置いて「勝手よね、ほんとに男は。私にも覚えがあるから…まあ、いいわよ、もしこれで返事がなかったらまたその時はその時でなんとかしましょ。ね?邦さん」そう云って一葉は半紙をクルクルと巻きそれを短く切った縫い仕事用の糸で結んで邦に渡す。それを拝むように受け取りながら邦は「ありがとうございます、姉さん。このお礼はまた今度必ずさせてもらいます」と云って袂にしまってから「でも姉さん、姉さんでもあたしと同じような目にお遭いなさったんですか?まさか…身籠りとかなさって?…」と聞くのに「いえいえ」と思わず顔の前で手を振ってから「私は初(うぶ)でなかなかそこまでは…」と一葉は我が身への言及をはぐらかす。しかしその顔がなぜか赤いし、一瞬でも妹邦子を見た様子だ。