お島は一葉に目をやったあと両手で顔をおおってその場に泣きくずれてしまった。全身で「なさけない、みっともない、はずかしい」と一葉に訴えているようだ。こんな目に会っても、いいように云われても所詮また店の中に、逃げ場のない、みずからの生死場へと戻って行かねばならない。まさにこの世は地獄であった。しかしここに、お島の姿に、一葉はみずからを見る。これにただなずろうべきや、抗はねばならない。今より三月ほど先の、世に云う〝奇跡の一年〟の内に執筆した傑作、「にごりえ」のお力にみずからを映じたごとく、お島の今を一葉は正しく把握した。義侠心とは違う、みずからの本地が誘うままに、さきほどすくんだ足をこんどは止まらせることなくお島のもとへと運んで行った。大柄のお島を抱き抱えるようにして立ち上がらせると、一葉は瀟洒な萩の花とは違う、ヨモギが生い茂った「よもぎふの宿」わが家へとお島を連れ込んで行った。「ただいま」声をかけた先にいる母お滝と、妹邦子の目が一葉を襲う…。

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