しまった、どうしよう、いや(この奇跡の邂逅は)、どうなるのだろうと危惧した途端、一葉が我に返ったように私の手から離れ、恥ずかしげに目を手でぬぐった。私はポケットからハンカチを取り出して一葉にわたす。幸いなことに公園に入る前偶然にも¥ショップで買ったばかりのもので一度も使っていない。一葉はそれをしばし目にあてたあと「どうも、あいすみません。はしたない真似をしてしまって。どういうわけかあなたに父の面影を見てしまい…ほほほ、大人げない女とお笑いください」と云って謝った。「いや、とんでもない」と大仰に云いながらしかし私は彼女の肩越しに、信号が変わってこちらに来ようとしている老人を見ていた。おおかた近所に住む老人の夜の散歩ででもあろうが出来れば私はこちらに来てほしくなかった。距離があって見えまいが私はすわった目付きをして老人をにらみつける。それが効いたのかあるいは私の仕草におかしなものを感じたかして、彼は公園を巡る側道へと進路を逸れてくれた。もし、である。一葉の姿が私だけに見えて余人には見えないものならば、人を抱くような、あるいは透明人間にハンカチを手渡すような仕草はきっと不気味に思えたのにちがいない。しかしもしそれならハンカチは宙に浮かんで見えたのだろうか?もっとも暗くて見えなかったのかも知れない。とにかくまわした手の平には一葉の熱い血潮が、慟哭する身体のふるえが間違いなく伝わって来たのだ。ゆめ、霞まぼろしの類とは思えなかった。いたわるように私は奇跡の人に言葉をつなぐ。「あなたのお父上が…」と直前に伝わって来た彼女の父上の想念の不思議を云いかけて、その実「いや、ありがとうございました」と云って深々と頭をさげていた。その思いが一番強かったからだ。