何かしら思い詰めた良家の子女、もしくは切事に悩む乙女の深刻さがある。敵意は恐らく別の何者かに向けられていたのだろうが、しかしそのさ中にたまたま現れた私が標的となったわけだ。もっともこの状況での若い娘なら敵意ならずとも警戒するのが当たりまえだ。マンションや会社のビル群が隣接するとはいえ、それらを隔てるように車両の多い道路が周囲を巡っているこの公園は、謂わば幹線道路中の大きな中央分離帯のようで、時刻もあろうが散策する人も殆どいなかった。街灯も少なく、ただでさえ他人事に無関心が横溢するメガロポリス東京でこの状況は…。しかし‘不審漢’が私なので彼女は安心だ。女を襲うどころかその女子供に罵られてさえ応酬もできないほど気力のなえた私は100%無害である。ちなみに私は55歳で車上生活者だ。これだけでプロフィールは充分だろう?格差社会日本にあっては規格外の不良品、市民の嘲笑の的、‘しみ’の的である。生活用具を満載した軽のワンボックスをこの近くに路駐している。車にもどるなら一日二四時間、一年三六五日、人々の蔑視に晒され続けるプライバシーゼロの苦痛から暫し逃れ、憩いたかったわけである。しかしそれゆえの女との邂逅だった。
 女の物言いとまた多少時代がかったそれにも気圧されて黙っていると、怪漢とばかりに女はベンチから立ち上がってそのまま行こうとした。しかし何かに思い当ったかのようにその場に立ち止まり今度は一転へつらうがごとく次のようなことを私に尋ねて来た。ただし相当混乱してる観がある。
「あっ…失敬。もしやあなたは久佐賀さんではありませんか?先程の借り入れのこと、お考え直しのうえ私を追いかけて?ふふふ、あの、私至って弱視なもので、あなたが誰だかよく…もしや三組町、顕真術会の久坂佐賀先生ではありませんか?」何のことだかさっぱりわからなかった、私は始めて彼女に口を利いた。