思うにそれは第三者の妾になることより辛かったのに違いない。ゆえは小説「やみ夜」に明らかだが前記2作品からもそう云う私の意は汲み取っていただけると思う。又更に他にもあった。大袈裟に云えば、であるが、一葉より以前の日本のすべての女性達が、即ち男社会に従属させられ続けて来た過去のすべての女達が、彼女に背を向けさせたのだろう。「われは女なり…」に逃げ込むのを許さなかったとも思う。本業本懐とはそういうことだ。彼女の出来の所以であり、それは真逆のカルマ共々逆らえぬほどの強い力を本人に及ぼす。樋口家の零落がなかったなら一葉の誕生はなかったことを人は思われよ。功罪含めすべての事象が、人が本懐を遂げるに於いて、あるいは必要なのかも知れない。ん?…ところで何方か何か云われたか?それならお前は直次郎か、と。さあ、どうだろうか、直次郎なら光栄だが…。まあ兎角、その様な諸々の強い鬱屈の果ての一瞬に何故か時代を超えて、此方は私というどうしようもないプータローと彼女はいま邂逅しているわけだ。彼女にとっては何の意味もない一時としか思われないが、私に於いては三保の松原の柏陵の体験だった。はたして出会いの意味は何かあり、そしてそれは啓示されるのだろうか。とにかく先を急ごう…。いや、暫し、暫し待たれよ。レクチャーが多すぎて物語への嗜好が削がれようが此処はどうしても方やの主人公、即ち私プータローの経緯を伝えねばなるまい。天地の方やではあるが飽くまでも邂逅物語なのだからどうかお眼汚しのほどを…。
「実は私も…」と云いかけてしかし私は口を噤んだ。一葉に負けないくらい世と人への恨み辛みは山ほどあった。現象だけ言えば私はいま睡眠を取られている。エルム街のフレディどもに取り憑かれている。故あって、ある資産家の極道者に因縁を付けられ、その手下どもによる睡眠妨害を受け続けている身だった。もう4年にもなる。