「ほう、そのような感想を頂くのは始めてです。それでは伺いますがあなたの仰る私の本来の立場とはどういうものですか?私はどう書けば良かったのでしょうか?」邂逅の当初のごとき挑むような、突っかかるような調子に戻っている。私はあなたの敵ではないと指摘して茶を濁すなど今更出来そうにもなかった。言葉を選びながら私は慎重に返事をする。一葉の日記(塵中日記)からして今日明治27年2月某日という日がどういう日であったかを私は思い出していた。件の久佐賀大先生と彼女との経緯をはっきりと思い出したのだ。今すべてを知る未来の輩とは云え私はそこからものを云っていいものだろうか?神でさえしはすまい。すれば私は柄にもなく年長者の、否、能うなら彼女の亡き父上のごとき慈しみなどを装って、唯々彼女の感情の吐け口になる他はない。しかし文字通りそんな器量など私にはなかった、何せ童貞のごとき異性との交流のなさだ、したがって私の声はふるえていた(もっとも気迫に押されもしたのだが)。「わ、わかりません、何となくそういう気がしたのです。気に障られたのなら、ど、どうか許してください」といったんここで切って彼女の気を静めようとした。
まったく天才に対して下手な感想など述べないことだ。かしこぶった当推量の類がどれほど相手の気を荒げるものなのか、想像もつかなかったがこれでいい薬になった。ここはもはや自分の口を封印してひたすら彼女の言を受けるに如かずである。事実私は彼女のすべてを受けたかったのだ。胸の奥まですべてを、洗いざらい。その果てにこそ一葉と通じ合うものがあるのに違いない。
「あの、え、遠慮は要りません、あなたがいま思うことをおっしゃってください。私はその、受けますから…」という私の目をじっと見ながら彼女はこう切り出した。 
「…身を売ることは罪でしょうか?」「えっ?」「お金の為に、自らの本懐を為すために、人に身体を提供するのは間違っておりましょうか、どうですか!?」