そして、車内には彼の香りが漂っていた。彼の瞳のようなグリーンの葉っぱのようで、そして、フルーティーな爽やかな香りだ。柑橘系の香りとウッドやグリーンの香りが交ざり合い、自然の中にいるような気持ちにさせられる。初めは彼はもっとクールでスパイス系の香りが似合うのに、と思っていた。

 けれど、それは違った。

 彼の優しさやちょっとした心遣いに癒されている所から、グリーン系の香りは彼にピッタリだと感じるようになったのだ。

 その斎の香りと、彼の呼吸の音、そして横を向けばすぐ傍に整った顔の彼の横顔がある。
 彼を感じてしまうこの場所のお陰で、夕映は全く本に集中できなかった。



 「なぁ、この英文の訳なんだけど………。」
 「ひゃっ………。」


 彼の事を考えている時に声を掛けられ、夕映は驚きのあまり変な声を出してしまった。
 慌てて口元を押さえてもすでに遅く、斎は驚いた顔でまじまじとこちらを見ていた。


 「………おまえ、なんて声出してんだよ。」
 「突然声掛けてきたからビックリしただけ。」
 「………そーかよ。で、この文章だけど。」


 なんとか誤魔化せたと思い、ホッとしたのもつかの間。今度は彼がこちらに体を寄せて、本を差し出してきた。
 肩と肩とが触れ合い、そこから斎の体温が伝わってくる。お互いに薄着なので、直接肌質を感じてしまいそうで、ドキッとする。


 「で、俺はこんな風に訳したんたけど。お前はどう思う?」
 「…………。」
 「…………おい、夕映。聞いてんのか。」
 「……………え。」


 彼の体温に気を取られていたのか、呆然としていた夕映の頬に彼の手がいつの間にか添えられていた。そして、その手の親指が夕映の唇に触れた。