これから、斎と2人きりになるのだ。
 彼と2人きりになった事は今までもあった。けれど、それは部活だったり、図書館だったりと、狭い密室ではなかったのだ。小さい頃だって、そんな事は経験していない。
 ずっと憧れ続けていた彼との急接近だけでも戸惑っているのに、2人きりで車に乗る、という事で更に胸が高まってしまう。きっと、今自分の顔は、赤くなっているのだろうなと夕映は鏡を見なくてもわかるぐらいに、顔が熱くなっていた。


 「これが俺の車。」


 そう言ってキーボタンを押して鍵を開けると、斎は躊躇いもなく助手席のドアを開けてくれる。


 「あ、ありがとう………。」
 「何赤くなってんだよ。社長令嬢の夕映お嬢様なら、これぐらい慣れっこだろ。」
 「………そんな事ないよ。」


 斎はエスコートされているのが恥ずかしいのだと勘違いをしてくれたせいで、夕映はホッとしつつも、少し切ない気持ちになった。
 車の中という空間で、緊張してしまうのは自分だけなのだろうか。彼は、2人きりになるという時にドキドキもしてくれないのだろうか。
 斎は、自分の事をただの友人としか見ていないのだろう。最近、常にそれは思っていた。

 女として、優しくエスコートはしてくれるし、配慮もしてくれる。けれど、友達以上の関係ではないのだろうと思っていた。
 ………大学で再開して約3ヶ月にもなるのに、彼は今までと変わることはない。
 
 信頼して、傍にいてくれるのは嬉しい。
 けれど、彼ともっと近くなりたいと思ってしまう自分がいるのだ。九条家の跡取りとして、彼が将来結婚しなければいけない恋人がいるのかもしれない。小さな会社の社長令嬢なんて、彼の何の特にもならないのだから。

 そんな事を考えてはいつも悲しくなるだけだった。


 「………夕映、どうした?ボーッとして。」
 「あ、ごめんなさい。……あ、本ってどのシリーズの事なの?」
 「あぁ………何冊か持ってきたんだ。友人が沢山送ってくれてね。どれがいい?」
 「じゃあ、これを。」
 「わかった。………少し読むとするか。俺はこっちにするかな。」


 そう言うと、斎は夕映に一冊の本を渡した後、違う本のページを開いた。
 彼の車は外車で、そして内装も豪華でとても広々としていた。それなのに、隣にいる彼がいつもより近い気がしていた。それに静か過ぎて、彼の息づかいやページを捲る音までもが、鮮明に耳に届いてくるのだ。