「斎は優勝だもね。おめでとう。」
 「県大会で優勝は当たり前だ。」
 「そうだね。試合、いつも見てたけど、本当にどんどん強くなっていくね。」
 「見てたなら声掛ければよかっただろ。」
 「え……?」
 「気づいてたなら声ぐらいかけろ。」

 
 少し怒ったようにそう言う彼は、子どもの頃を思い出すような表情だった。それが懐かしくて、夕映は思わず微笑んでしまった。


 「斎はいつも女の子に囲まれてるから、話し掛けられないよ。」
 「なんだよ、それ。あ、車来たな。」
 「あ……。」


 斎の視線の先には黒塗りの高級車が止まっていた。
 そして、運転席からスーツを来た小柄の中年男性が出て来て、斎が来るのを待っていた。
 

 その車を見つめながら、夕映は「もう夢の時間はおしまいなのだ。」と、ガッカリしてしまった。やっと数年ぶりに斎と話すことが、出来たのに。まだ、好きな本の話しもしてないのに。
 彼はもう帰ってしまうのだ。
 そう思うと、寂しさがこみ上げてきた。


 夕映の寂しさが表情に出てしまっていたのかもしれない。斎は、苦笑しながら夕映の頭をポンポンと撫でのだ。


 「そんな顔すんな。……家まで送る。」
 「えっ。」
 「まだ話してないだろ。本の事とか、翻訳の事とか。聞かせてくれないのか?」
 「………聞いてほしい!話したい!」
 「じゃあ、決まりな。」


 そういうと、斎は車に乗るように促した。使用人には「水無月家の夕映さんだ。」と伝えてくれた。

 夕映は思ってもいない展開に驚きながらも、嬉しさから顔がニヤけてしまいそうだった。


 まだ斎と話が出来る。
 そして、2人で過ごす時間がまだある。

 それだけで幸せだった。


 彼とこんなにも近くで会えるのは数年ぶりなのだ。初恋でもあり、今でも憧れている目の前の彼は、夕映にとって王子様のようだった。