今日の斎の相手は松コーチだった。
レッスンが終わった後、「僕もいいところ見せないとですね!」と意気込んで、斎に試合を申し込みに行ったのだ。
生徒達は、フェンスに張り付くようにして見守っていたけれど
夕映は、少し離れた場所から二人と試合を見守った。
2人の試合は、静かな中で行われていた。
若い女性も多く、斎の事をキラキラした眼差しで見つめている人も沢山いた。
けれど、歓声をあげたり、名前を呼んだりする事はなかった。それには、しっかりと理由がある。
以前、斎がゲームをしている時に、若い女性が沢山集まってきており、大きな声で「斎さーん!」と呼んだり、点を入れる度に「きゃー!」などと叫んでいたのだ。
すると、試合の合間のブレイク中に、ツカツカとその女の子たちの方へと斎が寄ってきて、とても鋭い視線で彼女たちを見ながら、少し強めにフェンスをガシッと掴んだのだ。そして、彼女たちに言葉を残したのだ。
「プレイ中は静かにしてもらえるかな?騒いでも俺はあんたちの事なんて見てないんだから。騒ぐだけ無駄だろ。」
かなりの俺様発言に、その女の子達は唖然とし、斎がコートに戻る頃に、ようやく「なんなの!?何様なの?」と怒りながら、帰っていったのだ。
そんな態度を見せた彼だけれど、嫌いになったのは一部の女の子だけで、むしろ好感度が上がり、ファンも増えたようだった。
時々、一緒になるこのテニスコートが、彼との唯一の接点だった。
けれど、夕映は斎を見るときはこっそりと隠れて見ているだけ。
きっと彼は夕映がいることには気づいていないはずだ。
けれど、それでもいい。
彼のテニスをしている姿を見る事が出来れば………。
夕映は、そう思うようにしていたのだった。